大阪地方裁判所 平成5年(ワ)2655号 判決 1997年9月16日
大阪市中央区島之内一丁目二〇番一九号
原告
株式会社クラコ
右代表者代表取締役
倉橋滋
右訴訟代理人弁護士
松村信夫
同
三山峻司
右輔佐人弁理士
石田長七
同
西川惠清
同
森厚夫
大阪市中央区久太郎町一丁目九番二九号
被告
日本設備企画株式会社
右代表者代表取締役
大野則正
右訴訟代理人弁護士
小松陽一郎
右訴訟復代理人弁護士
池下利男
主文
一 被告は、原告に対し、金三九二万三八八五円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告は、原告に対し、金四四七三万四六〇一円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 仮執行の宣言
第二 事案の概要
一 事実関係
1 原告の権利
原告は、次の(一)記載の意匠権(以下「本件意匠権」といい、その登録意匠を「本件登録意匠」という。)を有しており(争いがない。)、また、本件意匠権には次の(二)記載の類似意匠の意匠権(以下、その登録意匠を「本件類似意匠」という。)が合体している(甲第五四号証)。原告は、更に、(三)及び(四)のとおり類似意匠の登録査定を受けた(甲第二五、第二六号証)。
(一) 登録番号 第六六八七九三号
出願日 昭和五六年一二月四日(意願昭五六-五三八七五号)
登録日 昭和六〇年九月二七日
意匠に係る物品 油煙ろ過器のフィルター
登録意匠 別添意匠公報<1>(甲第二号証)記載のとおり
(二) 登録番号 第六六八七九三号の類似1
出願日 昭和五六年一二月四日(意願昭五六-五三八七六号)
登録日 昭和六一年八月二八日
意匠に係る物品 油煙ろ過器のフィルター
登録意匠 別添意匠公報<2>(甲第五四号証)記載のとおり
(三) 出願日 平成五年七月八日(意願平五-二一二二四号)
登録査定日 平成六年九月二日
意匠に係る物品 油煙ろ過器のフィルター
登録査定を受けた意匠 別添類似意匠登録願A添付図面記載のとおり
(四) 出願日 平成五年七月八日(意願平五-二一二二五号)
登録査定日 平成六年九月二日
意匠に係る物品 油煙ろ過器のフィルター
登録査定を受けた意匠 別添類似意匠登録願B添付図面記載のとおり
2 被告の行為
被告は、平成五年から、油煙ろ過器のフィルターを製造し、JEDグリスフィルターの商品名で販売している(争いがない。)。被告が平成五年一月一日から平成八年四月三〇日までの間に製造、販売した油煙ろ過器のフィルターが、別紙イ号、ロ号-一・ロ号-二・ロ号-三、ハ号-一・ハ号-二、ニ号-一・ニ号-二、ホ号-一・ホ号-二、ヘ号-一・ヘ号-二各図面記載のとおりであることは当事者間に争いがない(以下、順に「イ号物件」、「ロ号物件一」、「ロ号物件二」、「ロ号物件三」、「ハ号物件一」、「ハ号物件二」、「ニ号物件一」、「ニ号物件二」、「ホ号物件一」、「ホ号物件二」、「ヘ号物件一」、「ヘ号物件二」といい、これらを総称するときは「被告製品」という。また、被告製品の各意匠を順に「イ号意匠」、「ロ号意匠一」、「ロ号意匠二」、「ロ号意匠三」、「ハ号意匠一」、「ハ号意匠二」、「ニ号意匠一」、「ニ号意匠二」、「ホ号意匠一」、「ホ号意匠二」、「ヘ号意匠一」、「ヘ号意匠二」といい、これらを総称するときは「被告意匠」という。)。但し、イ号物件については、被告は、試作品を製造したことは認めるものの、これを現実に製造、販売したことを否認する。また、被告製品の各断面形状、特に羽根板の断面形状の特定については、若干争いがあり、原告は各断面図の上段の図面記載のとおりであると主張し、被告は各断面図の下段の図面記載のとおりであると主張する(甲第六〇号証添付の転写図がロ号物件二の羽根板の端面形状を転写したものであることは、当事者間に争いがない。)。
なお、被告の現在の代表取締役大野則正は、平成四年六月まで原告の取締役営業部長であった者であり、取締役の脊尾憲審は、平成三年一月まで原告の専務取締役で、その後、平成四年一月まで従業員であった者である(争いがない)。
3 原告製品
原告は、本件登録意匠の実施品として油煙ろ過器のフィルター(以下「原告製品」という。)を製造し、ダブルチェックの商品名で販売している(検甲第一号証の5、証人東野利弘、弁論の全趣旨)。原告製品の製造販売の開始時期については争いがあり、後記第三の三記載のとおり、原告は昭和五七年と主張するのに対し、被告は昭和五六年七月以降同年一二月四日前と主張する。
二 原告の請求
原告は、
被告意匠は本件登録意匠に類似しているから、被告は被告製品の製造販売により本件意匠権を侵害したものである(主位的請求)、
原告製品の形態は、遅くとも平成三、四年までには第二次的に原告が製造、販売する商品であることを示す出所表示機能を取得し、かかる商品表示として需要者の間に広く認識されるに至っていたところ、被告は原告製品と類似する被告製品を製造、販売して原告製品との間で混同を生じさせ、原告の営業上の利益を侵害したものである(予備的請求)、
被告製品は原告製品の形態を酷似的に模倣したものであり、その製造販売は不法行為を構成するものである(第二次予備的請求)
と主張して、民法七〇九条・意匠法三九条一項、不正競争防止法二条一項一号・四条・五条一項、民法七〇九条に基づき、被告が平成五年一月一日から平成八年四月三〇日までの間に被告製品を製造、販売したことにより原告が被った損害として、四四七三万四六〇一円及びこれに対する不法行為の後の日である平成八年五月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
なお、原告は、損害賠償請求と併せて被告製品の製造譲渡等の差止め並びに被告製品及びその製造に用いた金型の廃棄を求める請求もしていたが、右差止め・廃棄請求については、平成九年二月二一日の第二五回口頭弁論期日において、被告は同日以降被告製品の製造譲渡等をしないこと、被告製品及び製造金型を直ちに廃棄すること等を内容とする和解が成立した。
三 争点
1 被告は、イ号物件を製造、販売したか。
2 被告意匠は、本件登録意匠に類似するものであるか。
3 本件登録意匠の意匠登録には無効事由があり、原告の請求は権利濫用に当たるか。
4(一) 原告製品の形態は、遅くとも平成三、四年までに第二次的に原告が製造、販売する商品であることを示す出所表示機能を取得し、かかる商品表示として需要者の間に広く認識されるに至っていたか。
(二) 被告製品の形態は原告製品の形態と類似し、原告製品との間で混同を生じさせ、原告の営業上の利益を侵害したものであるか。
5 被告製品は原告製品の形態を酷似的に模倣したものであり、その製造販売は不法行為を構成するものであるか。
6 被告が損害賠償責任を負う場合に、原告に対して賠償すべき損害の額。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(被告は、イ号物件を製造、販売したか)について
【原告の主張】
1 被告は、平成五年四月二四日、訴外東新産業株式会社(原告の代理店でもある。)を通じて、株式会社テクノ菱和に対し、同社が宮崎県のフェニックスリゾートワールドコンベンションセンターに設置する予定の厨房機器等の設備につき、イ号物件の仕様書を添付した御承認申請図(甲第三号証)を提出した。右御承認申請図は、顧客が承認すれば直ちにこれに記載された商品を納品することを前提として提出されるものであって、被告が右御承認申請図を提出したこと自体、イ号物件を販売し又は販売のために展示したに等しい。また、被告は、社団法人日本厨房工業会(以下「厨房工業会」という。)から、イ号物件が技術基準に適合する製品であることを示すために貼付する認定ラベル一万枚の交付を受けている。したがって、少なくとも、被告がイ号物件を過去に製造し、現在も製造していることは明らかである。
2 被告は、厨房工業会から交付を受けていた認定ラベル一万枚を厨房工業会に返却した旨主張するが、仮にそうであったとしても、右認定ラベルはイ号物件が厨房工業会の技術基準適合商品であることを示す証明書にすぎないから、認定ラベルがなくてもイ号物件の製造販売は可能であるし、また、認定ラベルの再交付を受けることも可能である。
【被告の主張】
被告は、イ号物件の試作品について厨房工業会の認定を受けたが、原告から平成五年三月一八日付内容証明郵便によりイ号物件が原告の権利を侵害する旨指摘を受けたので、紛争回避のため、厨房工業会から交付を受けていた認定ラベル一万枚を、同年四月一六日厨房工業会に返却しており、現実にイ号物件を製造、販売したことはない。
二 争点2(被告意匠は、本件登録意匠に類似するものであるか)について
【原告の主張】
被告意匠は、以下のとおり、いずれも本件登録意匠に類似するものである。
1 本件登録意匠の構成は、次のとおりである。
<1> フィルター枠体は、フィルター表板とフィルター裏板を相互に嵌合して一体化して形成してある。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比が一対一の正方形である。
<3> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、周囲の角枠とこの周囲角枠の上下の枠片間に設けられた複数本の格子状縦板とから成る。
<4> フィルター表板の周囲角枠内にフィルター裏板の周囲角枠を嵌め入れることによつて、フィルター表板とフィルター裏板を一体化してある。
<5> フィルター表板の格子状縦板は等間隔に七本、フィルター裏板の格子状縦板は等間隔に八本設けられている。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続している。
<7> フィルター表板の各格子状縦板の両側縁に、羽根板を断面ハ字形に広がるようにフィルター裏板側へ突出させて(全体として断面V字形になる。)設けてある。
<8> フィルター裏板の各格子状縦板の両側縁に、バツフル板を断面ハ字形に広がるようにフィルター表板側へ突出させて(全体として断面V字形になる。)設けてある。
<9> フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバツフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態で、バツフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態である。
<10> 羽根板の先端部は断面円弧状に背面側へ屈曲するとともに、屈曲先端は表裏方向と平行になつている。
<11> バツフル板の先端部は、背面側へ直角に折れ曲がつている。
<12> フィルター表板の格子状縦板とフィルター裏板の格子状縦板は食い違い状に表裏に位置するとともに、前記<9>ないし<11>のように屈曲角度や形状が相互に異なる羽根板とバツフル板は、羽根板の先端部の背面とバツフル板の先端部とを対向させている。
<13> フィルター表板とフィルター裏板の各周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその前面から上面にかけて、下枠片にはその前面から下面にかけて、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に九個ずつ形成されている。
<14> フィルター裏板の両端の各格子状縦板の背面に把手を設け、この把手をフィルター表板を通して正面側に露出させてある。
<15> 把手は、フィルター裏板の各格子状縦板に固設される一対の固定板と、各固定板の先端の筒状屈曲部に両端を枢支されるコ字型の握り棒とで形成されている。
<16> 把手は、上下の中央部に位置するように設けられている。
2 本件登録意匠の要部は、ろ過部においてその断面形状が外観として表出されるところの、フィルター表板の各格子状縦板の両側縁に、羽根板を断面ハ字形に広がるようにフィルター裏板側へ突出させて(全体として断面V字形になる。)設けてある(構成<7>)、フィルター裏板の各格子状縦板の両側縁に、バツフル板を断面ハ字形に広がるようにフィルター表板側へ突出させて(全体として断面V字形になる。)設けてある(構成<8>)、フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバツフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態で、バツフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態である(構成<9>)、羽根板の先端部は断面円弧状に背面側へ屈曲するとともに、屈曲先端は表裏方向と平行になっている(構成<10>)、バッフル板の先端部は、背面側へ直角に折れ曲がっている(構成<11>)、フィルター表板の格子状縦板とフィルター裏板の格子状縦板は食い違い状に表裏に位置するとともに、前記<9>ないし<11>のように屈曲角度や形状が相互に異なる羽根板とバッフル板は、羽根板の先端部の背面とバッフル板の先端部とを対向させている(構成<12>)との点にある。
(一)(1) 意匠の要部は、当該物品の全体的形態や性質、用途等からみて、その取引過程ないし使用状態において看者である取引者又は需要者の目につきやすく、その注意を強く惹く部分に存する。
本件登録意匠は、大きく分けて、フィルター表板やフィルター裏板の周囲角枠によって構成される枠部と、フィルター表板の格子状縦枠及び羽根板並びにフィルター裏板の格子状縦枠及びバッフル板によって構成されるろ過部とから成るところ、枠部とろ過部を比較すると、ろ過部は、意匠全体に占める割合が枠部より圧倒的に大きく、物品の中央部を占めていることから、その存在感が強く認識される。
更に、本件登録意匠に係る物品である油煙ろ過器のフィルターは、調理時に発生する油煙をろ過して油を除去した後に室外に排出するために用いられるものであるため、ろ過の性能が重視されるところ、ろ過の性能はもっぱらろ過部の構造、特にその断面形状に依存しているので、取引者や需要者の関心はこのろ過部に集中し(したがって、他社のパンフレット〔乙第八号証の1ないし5等〕においても、必ずろ過部の断面形状が掲載されている。)、ろ過部は相当な注意を払って観察される。したがって、意匠の創作も、ろ過の性能を高めるようにろ過部の断面形状を考慮に入れながら美的処理を施すことによって行われる。
以上によれば、本件登録意匠の要部は、ろ過部にあると考えられ、ろ過部においてもその断面形状が外観として表出される部分にあると考えられる。
(2) 油煙ろ過器のフィルターの意匠の創作がろ過部の断面形状を考慮に入れながら美的処理を施すことによって行われることは、以下の本件登録意匠の創作過程からも明らかである。
原告は、従前、ろ過部を構成する格子状縦板と角枠体とが別部材で形成され、角枠体に多数本の格子状縦板を組み合わせた意匠の油煙ろ過器のフィルター(甲第九号証添付図面のもの)を製造、販売していた。この製品は、角枠体に格子状縦板を固定するためのスポット溶接の箇所が多く、部品コストや組立てコスト等の製造コストもかさみ、組立てが複雑である等の問題点があったこと、デザイン的にも「あか抜けしない」という不評もあり、営業部門からもデザインの改良を要望する声があったこと、フィルターの性能上最も重要な油煙からの油の捕捉率を向上させるために、ろ過部の形状に改良を加える必要があったことから、原告の開発担当者が、営業部門と協議を重ねつつ、種々の検討を加えて、新たに製作したのが本件登録意匠にかかる原告製品である。
開発に当たり、最も重視されたのはろ過部の形状であった。すなわち、フィルター表板の羽根板の先端部を断面円弧状に屈曲してアールを付けるとともに、その先端が油煙の流れ方向と平行になるよう羽根板の断面形状を設計することによって、導入された油煙が空気抵抗の少ない羽根板の対向先端間を圧縮されながら通過し、フィルター裏板のバッフル板に当たって大きな遠心力で向きを変える際、この大きな遠心力で油煙から油を分離させてバッフル板の表面で効率良く捕捉し、また、羽根板とバッフル板を近接させて配置するとともにバッフル板の先端を直角に屈曲することによって、右と同様に大きな遠心力で通過する油煙がバッフル板の屈曲先端に衝突する際、油煙から油を分離させて効率良く捕捉するという形態を採用した。このように、羽根板やバッフル板を特殊な断面形状に設計することによって、油の捕捉率を七〇パーセント以上にまで向上させることができたのである。
右のような、フィルターの性能の向上を図るためになされたろ過部の形状の変更は、同時にデザイン面でも、
イ フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度をフィルター裏板の格子状縦板に対するバッフル板の屈曲角度より大きく形成して、羽根板の断面ハ字形を奥行きが深い形態に、バッフル板の断面ハ字形を奥行きが浅く扁平な形態に形成してある(前記構成<9>参照)、
ロ フィルター表板の羽根板の先端部にアールを付して羽根板の屈曲が円弧状をなすようにすること(構成<10>参照)によって、従来の製品と比較して、看者に円みを帯びた緩やかな屈曲であるとの印象を与える、
ハ フィルター表板の七本の格子状縦板とフィルター裏板の八本の格子状縦板の間隔の相違及びその羽根板とバッフル板の形状の相違(構成<11><12>参照)等から、両者を嵌合した一組のフィルターとしてみても、フィルター表板(正面)からの形状とフィルター裏板(背面)からの形状の相違が明白に識別でき、原告の従来の製品あるいは他社製フィルターとの相違が一目で識別できるだけの形状の特性を備えている、という従前のものにはない特徴をもたらし、更に、枠体と格子状縦板を一体としてスポット溶接を不要としたこと等により、原告の従来の製品あるいは他社製フィルターと比較してすっきりした形状になった。
(3) 以上のように、原告製品のような油煙ろ過器のフィルターは、効率的な油煙の捕捉を目的としている以上、油煙からの油の捕捉率の向上という機能面が重視して創作されるが、フィルターは油煙ろ過器の受け口部分にあってその外部の最も目につきやすい部分を占めており、また、油煙ろ過器自体、業務用厨房の天井部分の比較的見えやすい部分に位置するので、ユーザーである厨房施設の施主は、厨房全体の美感維持の立場から油煙ろ過器ないしフィルターのデザインについても相当な関心を有しており、そのようなユーザーの意向を受けて、厨房施設の設計及び設備器具の選定に当たる建築設計事務所、大手建設業者、厨房施設業者等にとっても、いかにユーザーが満足する美感を具備した油煙ろ過器ないしフィルターを選択するかが重要な関心事となるため、フィルターの意匠は、性能上の要請と厨房設備としての美感の確保の要請とを調和させながら創作されるのであり、その成果である機能美はフィルターのろ過部に集約されているのであって、本件登録意匠の要部もフィルターの機能美を集約したろ過部の形状にあることは疑いがない。同業他社のフィルターのパンフレットにおいて、フィルターを正面から見たろ過部が、いわば商品の顔ともいうべき形で代表部分として掲載に工夫がこらされているのもこのような理由による。そして、ろ過部の断面形状の差異に基づき表出されるろ過部の外観の差異により、多種多様のフィルターがみられるのである。
なお、意匠の要部を定めるに当たって、物品の用途や機能、技術から必然的に生じる形状が除外されることは当然であるとしても、油を捕捉するためには本件登録意匠におけるろ過部のような形状をとることが必然であるとはいえない。
したがって、本件登録意匠におけるろ過部の形状が、油の捕捉率の向上という機能、技術面をも考慮して創作されたことは、ろ過部の形状をもって要部とすることを妨げるものではない。
(二) 本件登録意匠の構成及び要部に関する被告の主張は、いずれも失当である。
(1) 被告は、原告主張の構成<9>ないし<11>は、外観から判断することは不可能であることが明らかであるから本件登録意匠の構成にはなりえないと主張するが、構成<7>ないし<12>は一体となってろ過部の形状を構成しているから、その一部分を他と分離して意匠の構成を論ずることは相当でない。
原告は、外部から全く見ることができない形状をもって本件登録意匠の構成及び要部であると主張するものではなく、前記のとおりその断面形状が外観として表出されるところの構成<7>ないし<12>をもって要部と主張しているのであり、これら構成<7>ないし<12>は、外部から十分認識することができるのである。すなわち、フィルター表板・フィルター裏板の各格子状縦板の両側縁の形状・突出角度・折曲のあり方は、現実の原告製品を特に斜め等から観察した場合、フィルター表板とフィルター裏板を分解(分離)するまでもなく、各格子状縦板の間を通して十分視覚に入り、看者の受ける印象に大きな影響を及ぼすことは明らかである。
ろ過部における羽根板及びバッフル板の形状の相違がろ過部の外観から見て容易に識別でき、羽根板及びバッフル板の形状の相違によって生じるフィルターの正面及び背面から見るろ過部の形状が本件のようなフィルターにおいて重要な要部といえることは、特許庁における審査においても確認されているところである(甲第九号証の昭和五二年八月三一日付拒絶理由通知書及びこれに対する同年一一月一六日付意見書)。
(2) 被告は、原告が本件登録意匠の要部と主張するところは、本件登録意匠の出願前に既に公知となっていたから、本件登録意匠の要部とはなりえないと主張するが、これは、本件登録意匠の一体性を無視するものであり、本件登録意匠を構成する要素の各部分部分をとらえて、その部分が開示されているので要部とならないとするものにすぎない。このように本件登録意匠を各構成要素にばらばらに分解したその一部に近似した外観が公知であったからといって、具体的構成態様<1>ないし<16>とこれらが有機的一体として不可分に融合して形成されている本件登録意匠が新規ではないといえないことは多言を要しない。ちなみに、公知意匠である日本金属株式会社製造にかかるファイヤーファイター(検甲第四号証の2)と本件登録意匠を比較すると、格子状縦板は山形と台形の差があり、その枚数も厚みも異なり、表裏の形状も違うなど外観上著しい差異がある。
(3) 被告は、原告が本件登録意匠の要部と主張するところは油煙ろ過器のフィルターが通常有する形態であると主張し、あたかもバッフル型グリスフィルターはそのフィルターの機能に由来して、その形態はほぼ決まるものであるかのように主張する。しかし、バッフル(baffle)とは、気流や水流の遮断防止装置というほどの意味で、フィルターにバッフル板や羽根板を千鳥状に配列するのが一般的な形であり、それ以上のものではない。バッフル型でも、ろ過部の具体的形態は実に多様であり(例えば乙第三号証、第四号証の1ないし3、第五号証の1ないし8、第六号証の1ないし18、第七号証の1ないし6、第八号証の1ないし5)、バッフル型フィルターで機能が同じだからといってろ過部の形態も必然的に同じようなものになるとは到底いえない。確かにろ過部は意匠全体に占める割合が枠部より圧倒的に大きく物品の中央部を占めていることは、被告指摘のとおり油煙ろ過器のフィルターすべてに共通した機能に由来するものである。まさに、それ故にろ過部のデザインこそが他社との競争になり、その点に意匠上の創作や他社製品と識別されうるような外観上の工夫がなされるのである。
(4) 仮に、被告主張のようにろ過部に意匠の要部がないとすれば、本件登録意匠の要部は、枠体や枠体にあるスポット溶接、油抜き孔や把手の形態にしか存しないということになるが、これは厨房設備としてのフィルターの具体的な使用態様を無視するものである。
また、油抜き孔は、フィルターの上端や下端に小さな寸法で形成されているにすぎず、チャンバーに嵌め込むと隠れる構造になっており、美感を左右する部分でないことが明らかである。このことは、油抜き孔の位置が本件登録意匠と異なっても本件登録意匠の類似意匠として登録査定を受けた(甲第二六号証)ことからも明らかである。
把手の形状や位置にはさまざまなものがあり、それ自体よほどの特異な形状でもない限りありふれたものであるから、このようなありふれた部分が意匠の要部となることはない。このことは、把手の形状が本件登録意匠と異なっても本件登録意匠の類似意匠として登録査定を受けた(甲第二五号証)ことからも明らかである。
3 被告意匠の構成は、それぞれ次のとおりである。
(一) イ号意匠
<1> フィルター枠体は、フィルター表板とフィルター裏板を相互に嵌合して一体化して形成してある。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比が一対一の正方形である。
<3> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、周囲の角枠とこの周囲角枠の上下の枠片間に設けられる複数本の格子状縦板とから成る。
<4> フィルター表板の周囲角枠内にフィルター裏板の周囲角枠を嵌め入れることによって、フィルター表板とフィルター裏板を一体化してある。
<5> フィルター表板の格子状縦板は等間隔に七本、フィルター裏板の格子状縦板は等間隔に八本設けられている。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続している。
<7> フィルター表板の各格子状縦板の両側縁に、羽根板を断面ハ字形に広がるようにフィルター裏板側へ突出させて(全体として断面V字形になる。)設けてある。
<8> フィルター裏板の各格子状縦板の両側縁に、バッフル板を断面ハ字形に広がるようにフィルター表板側へ突出させて(全体として断面V字形になる。)設けてある。
<9> フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバッフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態で、バッフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態である。
<10> 羽根板の先端部は断面円弧状に背面側へ屈曲するとともに、屈曲先端は表裏方向と平行になっている。
<11> バッフル板の先端部は、背面側へ直角に折れ曲がっている。
<12> フィルター表板の格子状縦板とフィルター裏板の格子状縦板は食い違い状に表裏に位置するとともに、前記<9>ないし<11>のように屈曲角度や形状が相互に異なる羽根板とバッフル板は、羽根板の先端部の背面とバッフル板の先端部とを対向させている。
<13> フィルター表板とフィルター裏板の各周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその前面から上面にかけて、下枠片にはその前面から下面にかけて、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に九個ずつ形成されている。
<14> フィルター裏板の両端の各格子状縦板の背面に把手を設け、この把手をフィルター表板を通して正面側に露出させてある。
<15> 把手は、コ字形の握り部の両端にそれぞれフィルター裏板の格子状縦板に固設される固定片を設けて形成してある。
<16> 把手は、上下の中央部に位置するように設けられている。
(二) ロ号意匠一
構成<6>及び<13>が次のとおり異なる外は、イ号意匠の構成と同じである。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続しており、フィルター表板の上下枠片にそれぞれその後端縁から前面側へ断面L字形に折り返してフィルター表板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられているとともに、フィルター裏板の上下枠片にそれぞれその前端縁から後面側へ断面L字形に折り返してフィルター裏板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられている。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
(三) ロ号意匠二
構成<6><13>及び<16>が次のとおり異なる外は、イ号意匠の構成と同じである。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続しており、フィルター表板の上下枠片にそれぞれその後端縁から前面側へ断面L字形に折り返してフィルター表板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられているとともに、フィルター裏板の上下枠片にそれぞれその前端縁から後面側へ断面L字形に折り返してフィルター裏板の各格子状縦板の上下縁を覆うように横枠板片が設けられている。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
<16> 把手は、上下の中央部よりやや下寄りに位置するように設けられている。
(四) ロ号意匠三
構成<6>及び<13>が次のとおり異なる外は、イ号意匠の構成と同じである。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続しており、フィルター表板の上下枠片にそれぞれその後端縁から前面側へ断面L字形に折り返してフィルター表板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられているとともに、フィルター裏板の上下枠片にそれぞれその前端縁から後面側へ断面L字形に折り返してフィルター裏板の各格子状縦板の上下縁を覆うように横枠板片が設けられている。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
(五) ハ号意匠一・ハ号意匠二
いずれも構成<2><6>及び<13>(並びにハ号意匠二については更に構成<16>)が次のとおり異なる外は、イ号意匠の構成と同じである。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比が四対五の横長長方形である。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続しており、フィルター表板の上下枠片にそれぞれその後端縁から前面側へ断面L字形に折り返してフィルター表板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられているとともに、フィルター裏板の上下枠片にそれぞれその前端縁から後面側へ断面L字形に折り返してフィルター裏板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられている。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
<16> 把手は、上下の中央部よりやや下寄りに位置するように設けられている。
(六) ニ号意匠一・ニ号意匠二
いずれも構成<2><6>及び<13>(並びにニ号意匠二については更に構成<16>)が次のとおり異なる外は、イ号意匠の構成と同じである。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比が三対五の横長長方形である。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続しており、フィルター表板の上下枠片にそれぞれその後端縁から前面側へ断面L字形に折り返してフィルター表板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられているとともに、フィルター裏板の上下枠片にそれぞれその前端縁から後面側へ断面L字形に折り返してフィルター裏板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられている。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
<16> 把手は、上下の中央部よりやや下寄りに位置するように設けられている。
(七) ホ号意匠一・ホ号意匠二
いずれも構成<2><6>及び<13>(並びにホ号意匠二については更に構成<16>)が次のとおり異なる外は、イ号意匠の構成と同じである。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比が一対二の横長長方形である。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続しており、フィルター表板の上下枠片にそれぞれその後端縁から前面側へ断面L字形に折り返してフィルター表板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられているとともに、フィルター裏板の上下枠片にそれぞれその前端縁から後面側へ断面L字形に折り返してフィルター裏板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられている。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
<16> 把手は、上下の中央部よりやや下寄りに位置するように設けられている。
(八) ヘ号意匠一・ヘ号意匠二
いずれも構成<2><5><6>及び<13>(並びにヘ号意匠二については更に構成<16>)が次のとおり異なる外は、イ号意匠の構成と同じである。
<2>フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比が約五対六の横長長方形である。
<5> フィルター表板の格子状縦板は等間隔に四本、フィルター裏板の格子状縦板は等間隔に五本設けられている。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続しており、フィルター表板の上下枠片にそれぞれその後端縁から前面側へ断面L字形に折り返してフィルター表板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられているとともに、フィルター裏板の上下枠片にそれぞれその前端縁から後面側へ断面L字形に折り返してフィルター裏板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠板片が設けられている。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
<16> 把手は、上下の中央部よりやや下寄りに位置するように設けられている。
4 被告意匠は、右3のとおりの構成であるところ、いずれも、前記2のとおり本件登録意匠の要部である構成<7>ないし<12>をすべて備えており、本件登録意匠に類似することは明らかである。
なお、前記第二の一1(三)のとおり本件登録意匠の類似意匠として登録査定を受けた意匠(甲第二五号証)は、本件登録意匠とろ過部は共通するが、枠体の上端部と下端部に被告製品と同態様で折返しを入れ、把手の形状を変更したものであり、特許庁は、要部たるろ過部を共通にすれば枠体や把手に差異があっても類似すると判断している。同(四)のとおり本件登録意匠の類似意匠として登録査定を受けた意匠(甲第二六号証)は、ロ号意匠一と同一の意匠であり、枠体の上端部と下端部、把手、油抜き孔については本件登録意匠と異なるが、要部たるろ過部を共通にするので、特許庁は本件登録意匠に類似すると判断したものである。ハ号意匠ないしヘ号意匠各一・二は、フィルター表板とフィルター裏板の縦と横の比が本件登録意匠と異なっているが、縦と横の比が異なる意匠(本件類似意匠)についても本件登録意匠の類似意匠として登録を受けている(甲第五四号証)ことからして、この点は意匠の類否の判断には何らの影響を及ぼさない。
また、被告は、本件登録意匠は「窓タイプ」に、被告意匠は「上下桟タイプ」にそれぞれ属するので明確に区別されるなどと主張するが、その主張の「窓タイプ」、「上下桟タイプ」、「額縁タイプ」というタイプ別呼称は、被告の全く恣意的な分類にすぎず、当業者や一般需要者間では、このようなタイプ別の形状による区別は全くなされていない。
【被告の主張】
1 原告は、本件登録意匠の構成を<1>ないし<16>の一六項目に細分して表現しているが、これは油煙ろ過器のフィルターである物品の構造そのものと物品の形状である意匠とを混同して表現したものである。意匠の構成を表現するに当たっては、外部から認識しえない構成を表現しても無意味であるから、外部から認識できるものに限定すべきである。この点、原告主張の構成<9>ないし<11>は、バッフル板や羽根板の屈曲の正確な角度や組合せの様子であるところ、これらは物品の断面からは判断できるが、実際の取引において外観から判断することは不可能であることが明らかであるから、本件登録意匠の構成にはなりえないものである。
したがって、本件登録意匠は、原告主張の構成のうち、構成<1>ないし<8>、<12>(但し、<12>中、「前記<9>ないし<11>のように屈曲角度や形状が相互に異なる」とある部分を除く。)、<13>ないし<16>から成るとするのが相当である。
2 原告は、本件登録意匠の要部は構成<7>ないし<12>にある旨主張するが、以下のとおり、いずれの構成も本件登録意匠の要部となるものではない。
(一) まず、原告主張の構成<7>ないし<12>には、外部から認識することができない形状が含まれているところ、およそ外部から認識できない形状が看者の注意を惹くことはない。
油煙ろ過器のフィルターは、フィルター表板とフィルター裏板が一体となって販売されるものであり、仮にこれらを外してみてもその断面形状を正確に目視することは不可能であり、ましてや取引者・需要者がバッフル板と羽根板の組合せ角度やその様子を把握する術は全くない。すなわち、断面図や切断図(甲第四、第一〇号証)は、フィルターを切断しなければ看取することができないし、フィルター表板とフィルター裏板を分解(分離)して並列させ、これら各部品の違いを比較するということ(検甲第一号証の1・3・5)も、取引の実情としてありえない。また、構成<9>ないし<12>は、羽根板やバッフル板及びそれらの先端部の屈曲角度とその組合せの微妙な差を表現したものであり、断面図を描き各角度等を精密に計測すれば表現できるが、取引の際に外部から認識できるものではない。
原告は、フィルター表板(正面)からの形状とフィルター裏板(背面)からの形状の相違が明白に識別でき、原告の従来の製品あるいは他社製フィルターとの相違が一目で識別できるだけの形状の特性を備えている旨主張するが、これは、結局、本件登録意匠においてフィルター表板とフィルター裏板とが嵌合された状態で、その正面や裏面の形状が要部であると主張しているだけのことである(もっとも、裏面の要部であるとするのはおかしい。)。しかしながら、嵌合したままの状態では、およそ羽根板の屈曲方向やバッフル板の屈曲角度、屈曲方向は看取できないし、原告主張のように羽根板やバッフル板が全体として断面V字形になっていることは正面あるいは背面から見て判別できるかもしれないが、それは後記(三)のとおり「V字状に折曲げ」との表現のある公知意匠(乙第五号証の2)と同一ということになる。
原告は、ろ過部における羽根板及びバッフル板の形状の相違によって生じるフィルターの正面及び背面から見るろ過部の形状が本件のようなフィルターにおいて重要な要部といえることは、特許庁における審査においても確認されている(甲第九号証の昭和五二年八月三一日付拒絶理由通知書及びこれに対する同年一一月一六日付意見書)と主張するが、原告が右意見書でいう「ろ過部」とは、その断面形状ではなく、フィルターの正面図「表」と背面図「裏」、つまり外部から見える形状である。本件登録意匠の意匠登録願添付の図面には、ろ過器のフィルターの断面図が記載されているが、あくまでも参考図にすぎない。また、原告指摘の乙第八号証の1ないし5のパンフレットに掲載されている断面形状を示す図は、すべて簡単な略図であり、かつ、これら物品の有する機能・構造を説明するものであって、意匠の特徴的な形状を示しているのではない。
そもそも取引者・需要者はフィルターの断面形状の細かな相違に着目して購入を決定しているのではなく、当該フィルターが消防庁技術基準適合品であるという厨房工業会の認定を受けているかどうかだけがチェックポイントであり、あとは各フィルター製造販売会社の営業努力が購入決定の重要なポイントになるのである。
(二) 原告が本件登録意匠の要部と主張するところは、以下のように本件登録意匠の出願前に既に公知となっていたから、本件登録意匠の要部とはなりえない(公知意匠の詳細は、後記三【被告の主張】のとおり)。
すなわち、フィルター表板の羽根板をフィルター裏板側へ断面ハ字形に突出させ、逆にフィルター裏板のバッフル板をフィルター表板側へ断面ハ字形に突出させる構造、及びこれらの各突出部が互い違いに組み合わされた構造は、昭和五六年九月二五日出願公開にかかる特開昭五六-一二一九二八号公開特許公報(乙第五号証の1)、昭和五六年三月三〇日出願公告にかかる実公昭五六-一三五七五号実用新案公報(同号証の2)、特開昭四九-一〇四二六七号公開特許公報(同号証の3)、特開昭五〇-六〇八七三号公開特許公報(同号証の4)によってすべて開示されている。たとえば、特開昭四九-一〇四二六七号公開特許公報(同号証の3)の特許請求の範囲には、「前壁はY方向に均一に長く、かつY方向に比較的狭い多数の間隔をおいた入口を形成し、前記の後壁は各組の隣合った入口の中間に出口を形成し、…内側連板は後壁の隣合った組の出口の中心線から前壁の隣合った組の入口の間の中心線に延長しており…」との記載があり、羽根板とバッフル板の両端がそれぞれ内側に傾斜し、しかも互い違いに組み合わさっていることが発明の中心(油煙のろ過効果を高める)として指摘されており、他にも同様の記載がある(同号証の1・2)。
羽根板とバッフル板とが「食い違い」状に配置されている形状は、ありふれたものにすぎない(乙第五号証の5ないし9、第六号証の1ないし18、第七号証の1ないし6)。
本件登録意匠の羽根板の断面形状についてみても、後記三【被告の主張】1(九)記載の日本金属株式会社の「ファイヤーファイター」、西川フィルター工業株式会社の「バッフレッシュ」の断面形状と極めて類似している。
なお、原告が本件登録意匠の創作過程として主張するところ(2(一)(2))のうち、その油捕捉についての説明は特開昭五〇-六〇八七三号公開特許公報(乙第五号証の4)記載の内容(三二七頁左上欄下部ないし右上欄)と実質的に同じである。また、バッフル板の先端を直角に屈曲するとの点は、原告の昭和五六年三月三〇日出願にかかる実用新案登録願(乙第一二号証添付の実開昭五七-一五二九一九号公開実用新案公報)に既に示されており、しかも、右出願は拒絶査定を受けている。
(三) 原告が本件登録意匠の要部と主張するところは、油煙ろ過器のフィルターが通常有する形態であるから、本件登録意匠の要部とはなりえない。
すなわち、原告主張のようにろ過部(但し、外観形状であって、断面形状ではない。)は意匠全体に占める割合が枠部より圧倒的に大きく物品の中央部を占めていること、ろ過の性能がもっぱらろ過部の構造に依存していることは当然であるが、それは、油煙ろ過器のフィルターすべてに共通した機能に由来するものにすぎない。原告のパンフレット(甲第六、第七号証)における原告製品「ダブルチェック」の特長欄には、「チエックプレート断面透視図」が掲載されたうえ、「油煙は、両プレートにより構成されているAの隙間を通過する際急速に圧縮され第2チェックプレートBに衝突する。次にBの隙間を通過する際再び急速に圧縮されて両プレートで構成されている部屋の中で回転(拡散)-膨張運動を行います。」と記載されているところ、実公昭五六-一三五七五号実用新案公報(乙第五号証の2)には、実用新案登録請求の範囲に「…V字状に折曲げその折曲先端をさらに内側に折曲げた複数本の前壁板と後壁板とを夫々その拡開側が相対向するように千鳥状に列設し」たフィルターが記載され(図面もある。)、このような構成の排気路(ろ過部)が設けられることによって、油脂含有ガスが排気路を蛇行流通することにより排気路内で圧縮、膨張等の圧力変化を受けるとともに方向転換を数回行い、重量の重い油分のみが前壁板及び後壁板に捕捉される(2頁3欄19ないし33行)旨説明されており、特開昭五〇-六〇八七三号公開特許公報(乙第五号証の4)にも、羽根板とバッフル板とが「食い違い状」に配置され、それぞれの先端部が更に内側に折り曲げられた構成のものが示されている。したがって、枠体に開口部を設け、折曲された表板と裏板の千鳥状の組合せによって間隙を作り、その空間に油煙を圧縮・膨張させながら通過させるという形態によって油煙をろ過することは、油煙ろ過器のフィルターの通常有する形態に外ならない。つまり、原告が本件登録意匠の要部と主張するところは、油煙ろ過器のフィルターが有している構造的、機能的な特徴を列記したものにすぎず、独自の意匠的特徴であるとはいえない。
3 被告意匠の構成についての原告の主張に対する認否は、以下のとおりである。
なお、被告は、イ号物件はそもそも製造、販売したことがなく、ロ号物件一・三、ハ号物件・ニ号物件・ホ号物件・ヘ号物件各一は、平成五年五月から同年七月頃までの間製造、販売したものであり、ロ号物件・ハ号物件・ニ号物件・ホ号物件・ヘ号物件各二はその後製造、販売したものである。
(一) ロ号意匠一・二・三
構成<1>ないし<5>、<7><8><13><14>及び<15>は原告主張のとおりであることを認めるが、その余は、次のとおり修正して表現するのが相当である。
(1) 構成<6>は、「フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠板の各内側端によって画されているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板もその上下端がフィルター表板の上下枠板の各内側端によって画されている。」とすべきである。
原告は、「一体に連続」の用語にこだわるが、本件登録意匠では、入口窓や出口窓が一枚の枠板表面をくり抜いた状態の独立の窓のような外観を呈しているのに対し、ロ号意匠一・二・三では、入口窓や出口窓は、上下枠板の各内側端が横線によってフィルター表板・フィルター裏板を画しているため、独立の窓には見えない。
(2) 構成<9>ないし<11>は不要である。
(3) 構成<12>のうち「前記<9>ないし<11>のように屈曲角度や形状が相互に異なる」を削除すべきである。
(4) ロ号意匠二については、構成<16>のうち「やや下寄り」を「下寄り」とすべきである。
ロ号意匠一・三については、構成<16>も原告主張のとおりである。
(二) ハ号意匠ないしヘ号意匠各一・二
ハ号意匠ないしヘ号意匠各一の構成についての認否は、ロ号意匠一・三についての認否と同じであり、ハ号意匠ないしヘ号意匠各二の構成についての認否は、ロ号意匠二についての認否と同じである(但し、ハ号意匠ないしヘ号意匠各を一・二のすべてについて、構成<2>における「縦と横の比が」の次に「ほぼ」を挿入すべきである。)。
4 イ号意匠を除く被告意匠は、本件登録意匠に類似しない。
すなわち、油煙ろ過器のフィルターは、フィルター表板及びフィルター裏板の各格子状縦板の上下端がフィルター表板・フィルター裏板の上下枠板の各内側端によって画されている「上下桟タイプ」、これら外観上の入口窓や出口窓が一枚の枠板表面をくり抜いた状態となっている「窓タイプ」、及び「額縁タイプ」に類型化でき、この類型の違いによって与える印象が大きく異なり、また、把手の形状及び位置関係、油抜き孔が正面や背面から見えるか否か、枠板部にビスがワンポイントとして打たれているか(把手や油抜き孔、ビスの位置・形状は、四角形状の枠に縦長の穴が並列されているというシンプルなフィルター表面にあってポイントとなるものであり、かつ、フィルター表面に不可避な部品ではないから、その存在が重要なアクセントとなることは問題がない。)、縦と横の比によって、全体として異なる印象を与えるところ、本件登録意匠は右の「窓タイプ」に、イ号意匠を除く被告意匠は「上下桟タイプ」にそれぞれ属するので、明確に区別され、更に、把手の形状や位置、油抜き孔の位置、ビスの相違が加わって、両意匠は全く異なる印象をもたらすものである。ハ号意匠ないしヘ号意匠各一・二については、縦と横の比も本件登録意匠と異なる(その結果、上下桟の幅や把手の大きさがフィルター表面全体に対して占める割合がロ号意匠一・二と異なり、印象が大きく異なる。)のであるから、いっそう類似しないことが明らかである。
原告は、被告意匠が本件登録意匠に類似することの根拠として、本件登録意匠の類似意匠として登録査定を受けた意匠を挙げるが、これらは、被告引用の公知意匠の存在を参酌することなく審査されたものであるから、本件では参考にならない。
被告は、原告製品を含めた他社製品を十分に対比分析し、原告製品とは混同を生じないように配慮しながら被告製品の形態を決定したのである。前記のとおりろ過部の断面形状が要部となることはないが、被告製品の表板は後記三【被告の主張】1(九)記載の西川フィルター工業株式会社のもの(乙第八号証の2)、裏板は株式会社フカガワ(同号証の4)あるいはホーコス株式会社(同号証の5)のものを参考にしている。
三 争点3(本件登録意匠の意匠登録には無効事由があり、原告の請求は権利濫用に当たるか。)について
【被告の主張】
本件登録意匠は、前記二【被告の主張】2(二)記載の外、次の事由によっても出願前に既に公知となっていたから、その意匠登録には明白な無効事由があり、したがって、原告の請求は権利の濫用に当たる。
1(一) 昭和四六年七月一日特許庁資料館受入れの米国特許第三五六六五八五号明細書(乙第七号証の1)には、フィルター枠体が角枠状のフィルター表板とフィルター裏板を互いに嵌合することによって形成され、フィルター表板には中央部において等間隔に一〇列に並んで前方に向けて突曲している略V字形の羽根板があり、フィルター裏板には中央部において等間隔に九列に並んで後方に向けて突曲している略V字形のバッフル板があり、羽根板とバッフル板はフィルター枠体の前面開口より後面開口に向けて交互に配設してあり、フィルター表板の左右にコ字形の把手のある形態のものが示されている。
(二) 一九七四年(昭和四九年)六月四日登録の米国特許第三八一三八五六号明細書(乙第七号証の2)には、フィルター表板とフィルター裏板の上端及び下端の各端縁に等間隔に複数の油抜き孔が穿設されたものが示されている。
(三) 一九七五年(昭和五〇年)三月一一日登録の米国特許第三八七〇四九四号明細書(乙第七号証の4)には、フィルター枠体は角枠状でフィルター表板とフィルター裏板との嵌合から成っており、本件登録意匠とは羽根板及びバッフル板の数の点と、フィルター表板のみに油抜き孔があり、把手がない点で異なるにすぎないものが示されている。
(四) 昭和五〇年五月七日特許庁資料館受入れの米国特許第三八三四一三五号明細書(乙第七号証の3)、一九七五年(昭和五〇年)一〇月七日登録の米国特許第三九一〇七八二号明細書(同号証の5)、昭和五五年一二月一〇日特許庁資料館受入れの米国特許第四二三一七六九号明細書(同号証の6)、実開昭五四-四〇九七七号公開実用新案公報(乙第六号証の7)、実開昭五五-二五一九五号公開実用新案公報(同号証の8)、実公昭五五-一八〇九七号実用新案公報(同号証の9)、実開昭五五-九一九一六号公開実用新案公報(同号証の10)、実開昭五五-九一九一七号公開実用新案公報(同号証の11)、実公昭五五-三七二一五号実用新案公報(同号証の12)、昭和五六年一月三〇日出願公告にかかる実公昭五六-四四二〇号実用新案公報(同号証の13)、昭和五六年六月九日出願公告にかかる実公昭五六-二四五一九号実用新案公報(同号証の14)、昭和五六年六月九日出願公告にかかる実公昭五六-二四五二〇号実用新案公報(同号証の15)、実開昭五五-一四一五二三号公開実用新案公報(同号証の18)には、本件登録意匠の基本的構成態様がすべて図示されている。
(五) 昭和五三年一二月一五日登録の第四九八二九二号意匠公報(乙第四号証の1)、昭和五四年三月二七日登録の第四九八二九三号の類似三意匠公報(同号証の2)には、フィルター表面左右に把手が一組付されているものが示されており、昭和五三年一二月一五日登録の第四九八二九四号意匠公報(同号証の3)によれば、把手一組と油抜き孔の存在しないものが別意匠として登録されている。
昭和五六年三月三〇日出願公告にかかる実公昭五六-一三五七五号実用新案公報(乙第五号証の2)、昭和五六年五月八日出願公告にかかる特公昭五六-一九五四六号特許公報(同号証の8)、実開昭五三-一七八八四号公開実用新案公報(乙第六号証の4)にも、フィルター表面左右に把手が一組付されているものが示されている。
(六) 昭和五六年九月二五日出願公開にかかる特開昭五六-一二一九二八号公開特許公報(乙第五号証の1)、特開昭五〇-六〇八七三号公開特許公報(同号証の4)、特開昭五一-一一二七七号公開特許公報(同号証の5)、特開昭五三-三〇〇七七号公開特許公報(同号証の6)、特公昭五五-一四六八九号特許公報(同号証の7)、実開昭五一-七六八六八号公開実用新案公報(乙第六号証の1)、実開昭五二-三三七七四号公開実用新案公報(同号証の2)、実開昭五三-一一六八八二号公開実用新案公報(同号証の5)、実開昭五三-一四一五七五号公開実用新案公報(同号証の6)、実開昭五六-一一八七一五号公開実用新案公報(同号証の16)、実開昭五六-一一八七一六号公開実用新案公報(同号証の17)には、油抜き孔が示されている外、特公昭五五-一四六八九号特許公報(乙第五号証の7)には、その昭和五一年一一月三〇日の出願時に「近時屈折部を持った山形状のプレートを度隔を置いて交互配設する形式のグリスフィルターが現れた」とも指摘されている。
(七) 実開昭五二-三三七七五号公開実用新案公報(乙第六号証の3)には、フィルター表板の羽根板の数が本件登録意匠と同じく七列である形態が示されている。
(八) 昭和五四年八月一日施行の東京消防庁予防部長依命通達(乙第三号証)によっても、本件登録意匠の基本的構成態様は出願前に公知となっていたものである。
(九) 日本金属株式会社販売にかかる「ファイヤーファイター」のパンフレット(乙第八号証の1)によれば、「ファイヤーファイター」は、羽根板及びバッフル板の数と把手の取付位置が本件登録意匠と異なるだけである。「ファイヤーファイター」の実物は検乙第二号証であり、雑誌「厨房」(昭和五六年一月七日国立国会図書館受入れの乙第一〇号証の1、同年一一月一九日同受入れの同号証の2)によれば、元の「ファイヤーファイター」と外形が同じであることが分かる。
西川フィルター工業株式会社販売にかかる「バッフレッシュ」のパンフレット(乙第八号証の2)によれば、「バッフレッシュ」(実物は検乙第三号証)は、昭和五五年に厨房工業会の認定を受けており、河村工業株式会社販売にかかるグリスフィルターのパンフレット(乙第八号証の3)によれば、同フィルターは、昭和五六年に厨房工業会の認定を受けており、いずれも本件登録意匠と外観がほとんど同一である。
株式会社フカガワ販売にかかる「ファイヤーグリスフィルター」のパンフレット(乙第八号証の4)によれば、「ファイヤーグリスフィルター」は、昭和六二年に厨房工業会の認定を受けているが、昭和五六年認定(調査は同年一月二二日)の製品と全く同一であり、本件登録意匠と全く同一ということができる。
ホーコス株式会社販売にかかる「F型グリースフィルター」のパンフレット(乙第八号証の5)によれば、「F型グリースフィルター」は昭和五七年に厨房工業会の認定を受けており、本件登録意匠と全く同一ということができる。
2 厨房工業会の認定を受けるために提出された設計図面及び試作品は、認定直後には何人でも閲覧できる状態におかれるので、認定直後の閲覧可能時期から公知となる(現に、原告は、乙第二号証の1の資料を入手し、試作品を借り出していた。)。
原告が本件登録意匠の出願日(昭和五六年一二月四日)に近い年月日に厨房工業会の認定を受けたのは同年六月二五日である(乙第一六号証)から、右認定を受けたグリスフィルターの意匠が本件登録意匠と同一であるとすれば、本件登録意匠は、右のとおり出願前に既に公知となっていたことになる。
3 原告は、本件登録意匠の出願前に、本件登録意匠の実施品という原告製品の製造販売を始めたものである。
厨房工業会に対して認定の申請をした者は、認定を受けた後、直ちに認定ラベルを入手して商品の製造販売を行うのが一般的であるところ(西川フィルター工業株式会社の場合〔乙第八号証の2、第一〇号証の1、第一五号証〕)、原告は、争点4(一)の関係で、昭和五七年四月以降に厨房工業会から取得したという認定ラベルの数を計上しているが(甲第二〇号証)、原告がそれに近い年月日に厨房工業会の認定を受けたのは昭和五六年六月二五日である(乙第一六号証)から、その直後に原告製品の製造販売を始めたものと思われる。
原告は、原告製品の製造販売を開始したのは、昭和五七年になってからのことであると主張するが、B型を製作させていた株式会社共栄に対して、昭和五六年一〇月中旬頃にB型製作のための金型を返還するように求めているところ、新製品である原告製品(C型)に切り替えていなければB型の製造を中止するはずがないし、有限会社平井鉄工所との取引が、昭和五六年一一月頃、油煙ろ過装置の一部品であるオイルカップから始まっているというのも不自然である。
4 なお、原告は、被告製品が市場に出て公知となった後に、それを基に本件登録意匠の類似意匠として出願をして登録査定を受けたが(甲第二五、第二六号証)、かかる行為は違法であるから、違法な行為を利用した原告の請求は権利の濫用というべきである。
【原告の主張】
1 本件登録意匠の意匠登録には明白な無効事由があるとする被告の主張は、本件登録意匠の個々の部分的な構成が公知であるというにすぎない。本件登録意匠は、各構成要素が有機的一体となって意匠としての外観を構成しているのであるから、部分的な構成が各公知意匠にみられるからといって、本件登録意匠が当該公知意匠に類似するとはいえない。しかも、被告が公知意匠として引用するものは、以下の点で本件登録意匠と異なるものであり、この点でも本件登録意匠が出願前に既に公知であったということはできない。
(一) 米国特許第三五六六五八五号明細書(乙第七号証の1)記載のものは、仮に被告の挙げる構成の点で部分的に本件登録意匠と共通するとしても、フィルター表板とフィルター裏板の枠内にはメタルグリッドが全面にわたって張られており、羽根板やバッフル板はメタルグリッドで覆われているため、メタルグリッドの存在によって全体の印象は全く異なるものになっている。意匠の類否の判断は、部分的な構成のみを取り出して行うのではなく、全体観察による総合判断によるべきである。
(二) 米国特許第三八一三八五六号明細書(乙第七号証の2)記載のものは、フィルター表板とフィルター裏板から成るものではない上、羽根板やバッフル板の形態が本件登録意匠とやや異なる。
(三) 米国特許第三八七〇四九四号明細書(乙第七号証の4)記載のものは、前壁部33及びY-Zバッフル板35が存在するので、羽根板やバッフル板の形態が本件登録意匠と異なる。
(四) 米国特許第三八三四一三五号明細書(乙第七号証の3)記載のものは、羽根板やバッフル板の形態が本件登録意匠と異なる。
米国特許第三九一〇七八二号明細書(乙第七号証の5)記載のものは、羽根板やバッフル板(バッフル34、42)の形態が本件登録意匠と異なるだけでなく、丸棒59が羽根板間に設けられていることにより、全体としての印象が異なる。
米国特許第四二三一七六九号明細書(乙第七号証の6)記載のものは、羽根板やバッフル板(トラフ104)の形態が本件登録意匠と異なるだけでなく、水平ストラップ111が設けられていることにより、全体としての印象が異なる。
(五) 第四九八二九二号意匠公報(乙第四号証の1)、第四九八二九三号の類似三意匠公報(同号証の2)、第四九八二九四号意匠公報(同号証の3)記載のものは、羽根板やバッフル板の形態が本件登録意匠と異なる。なお、第四九八二九四号意匠公報(乙第四号証の3)のものが別意匠として登録されているのは、前二者の意匠とは意匠に係る物品が異なるのであるから当然のことである。
(六) 他社製のフィルターのパンフレット(乙第八号証の1ないし5)記載のものは、羽根板及びバッフル板の屈曲角度や屈曲方向が本件登録意匠と大きく異なるだけでなく、羽根板の屈曲角度及び屈曲方向とバッフル板の屈曲角度及び屈曲方向とは全く同一であって、本件登録意匠のように屈曲角度や形状が相互に異なる羽根板とバッフル板を組み合わせて羽根板の先端部の背面とバッフル板の先端部を対向させて配置するという構成にはなっていないから、そのろ過部の形状は本件登録意匠のろ過部の形状と全く異なっている。
しかも、右各パンフレットは、作成年月日の記載のないものが多く、本件登録意匠の出願後に作成されたものではないかという疑いがあり、また、掲載された形状のフィルターが本件登録意匠の出願前に製造、販売されたことを証明するものでもない(仮に各フィルターが本件登録意匠の出願前に厨房工業会の認定を受けていたとしても、直ちにそれが公然実施されたか否かは明らかでなく、また、フィルターは、その規格、性能に変更がない限り、認定後に形状を変更することもあるので、右各パンフレット掲載の形状のフィルターが出願前から製造、販売されていたことの証拠にはならない。)。
2 厨房工業会に対して認定申請のためにフィルターに関する資料を提出しても、当該フィルターの形状が公知となるものではない。
厨房工業会は、厨房機器の製造業者によって結成された業界団体で、通産省によって設立許可された公益法人であり、東京消防庁等の承認を得て、本件のような厨房用油煙ろ過装置について、厨房工業会内で自主的に定めた調査実施要領に基づいてその材料、性能が技術基準に適合しているか否かを認定し、適合しているものについては認定証を交付する等の業務を行っている。厨房用油煙ろ過装置を構成するグリスフィルターは、火災予防条例に基づく技術水準を満たさなければ事実上販売することができないところ、厨房工業会の認定を受けたグリスフィルターは、東京消防庁が火災予防条例に基づき定めた厨房設備に付属する天蓋及び排気ダクトの運用に関する通達所定の性能に適合するものとして扱われているため、すべてのフィルター製造メーカーは、新製品を製造、販売する際には、あらかじめ設計図面及び試作品を厨房工業会に提出してその調査を受けている。
しかして、厨房工業会の調査は、同工業会内の特定の担当委員及び調査担当者が、部外者を関与させることなく独自に実施するものであって、その調査の対象となるフィルターの形状、材質等一切の事項はすべて秘密事項とされ、部外者に知られることはない。被告は、厨房工業会の認定を受けるために提出された設計図面及び試作品は認定直後には何人でも閲覧できる状態におかれる旨主張するが、そのような事実はない(甲第五〇号証)。
意匠法三条一項一号にいう「公然知られた意匠」とは、意匠が不特定多数の人に知られる状態になったことをいうのであるから、同業者の組合の自治的登録等のために特定の審査員に見せた場合等はそれだけでは公知になったとはいえない。厨房工業会の行っているグリスフィルターの性能に関する調査もまさにこれに当たるのであるから、厨房工業会に調査対象となるフィルター等が提出されただけで公知となるものでないことは明らかである。
したがって、仮に認定を受けたグリスフィルターの意匠が本件登録意匠と同一であったとしても、本件登録意匠が出願前に既に公知となっていたとはいえない。
3 原告が本件登録意匠の実施品である原告製品(甲第二二号証添付のC型)の製造販売を開始したのは、昭和五七年になってからのことである。
このことは、脊尾憲審自身の作成した「生産スケジュール」と題する予定表(甲第四五号証の2)の一二月一〇日欄に「DCフィルター(原告製品のこと)本格生産」、同月二九日欄に「DC一部箱ずめ 出荷準備完了」と記載されていること、現実には、同月一八日に「DCNフィルタートライ(試作)及写真撮影用製品作成」がなされ(甲第二九号証・業務日報)、昭和五七年一月に金型加工が徹夜で行われた結果、同年二月以降量産の目処がついたこと、甲第二二号証添付のB型の金型は株式会社共栄、原告製品(C型)の金型は有限会社平井鉄工所で製作されたものであるが(証人脊尾憲審)、原告が原告製品(C型)について有限会社平井鉄工所と取引を現実に開始し、それに伴う金銭請求書等の帳簿が開かれたのは昭和五六年一一月以降であること(甲第四六号証の1・2、第四四号証の1ないし3)から明らかである。
被告は、西川フィルター工業株式会社の例を挙げて、厨房工業会に対して認定の申請をした者は認定を受けた後直ちに認定ラベルを入手して商品の製造販売を行うのが一般的である旨主張するが、仮に西川フィルター工業株式会社が被告主張のとおりに営業活動を行っているとしても、原告による原告製品の製造販売も同じであるということはできない。
また、被告は、乙第一六号証の記載から、原告製品(C型)について厨房工業会の認定を受けたのは昭和五六年六月二五日であるとするが、この記載自体は当然の事実であって何の不思議もないし、これをもって原告が右認定ラベル購入後直ちに原告製品の製造販売を開始したとする根拠とはならない(原告が昭和五六年から五七年にかけて認定ラベルを購入したのは納品書〔甲第三〇号証の1ないし4〕のとおりであるが、原告製品のものがどの分であるかは不明である。)。かえって、雑誌「空気調和・衛生工学」昭和五七年三月号(甲第五二号証)には、いまだB型の宣伝広告が掲載されているのである。
4 原告は、イ号意匠及びロ号意匠一につき、本件登録意匠に類似するとの判定を求める代わりに、試みに本件登録意匠の類似意匠として出願したものであり、登録査定を受けた(甲第二五、第二六号証)が、冒認出願をするつもりはないので、放棄することを考えている。
四 争点4(一)(原告製品の形態は遅くとも平成三、四年までに第二次的に原告が製造、販売する商品であることを示す出所表示機能を取得し、かかる商品表示として需要者の間に広く認識されるに至っていたか)及び(二)(被告製品の形態は原告製品の形態と類似し、原告製品との間で混同を生じさせ、原告の営業上の利益を侵害したものであるか)について
【原告の主張】
1 原告製品の形態は、遅くとも平成三、四年までに第二次的に原告が製造、販売する商品であることを示す出所表示機能を取得し、かかる商品表示として需要者の間に広く認識されるに至っていた。
(一) 原告製品は、昭和五六年まで原告が製造、販売していたB型フィルターを全面的に改良したものであって、前記二【原告の主張】1の<1>ないし<16>と同じ構成を有するものであり、B型フィルターなどの原告の従前のフィルターとは異なる次のような形態的特徴(以下、「本件形態的特徴」という。)を有している。
イ 枠体とろ過部を一枚板のプレス加工により一体化して製作するため、スポット溶接方式と比較して外観がすっきりしている。
ロ 表板の羽根板と裏板のバッフル板とで異なる形状を採用したことにより、フィルターを正面から見た場合と背面から見た場合とで外観が異なる。
ハ 表板の格子状縦板を七枚、裏板の格子状縦板を八枚にし、B型フィルターより少なくして格子状縦板間のピッチを大きくとったことにより、B型フィルターと比較して安定感、重厚感あふれる形状をなしている。
本件形態的特徴は、原告製品独自のものであり、これにより、原告製品は、昭和五六年ないし五七年当時日本国内において製造、販売されていた同種グリスフィルターの形態とは顕著に相違するものであった。
(二) 原告は、昭和五七年初め頃から現在までの間に、原告製品を「ダブルチェックK型」の商品名で約一〇〇万枚製造、販売しているところ、原告製品の形態は、本件形態的特徴により、第二次的に、空調設備業者(サブコン)、総合建設業者(ゼネコン)、設計事務所、厨房設備関係者等の需要者の間で、原告が製造、販売する商品であることを示す出所表示機能を取得している。
(1) 油煙ろ過器のフィルターは、通常、販売代理店を通じて、空調設備業者(サブコン)、総合建設業者(ゼネコン)、設計事務所、厨房設備関係者等の需要者に対して販売されるところ、油脂捕捉率に関しては、東京消防庁等の定めた認定基準に基づき厨房工業会の行う性能試験に合格したことを示す認定証が貼付されていなければ事実上販売することができず、右性能試験に合格していれば、需要者は、詳細な油脂捕捉率の相違には関心を払わない。このため、需要者は、どのフィルターを購入するかを選択するに当たって、油脂捕捉率等の具体的な機能や価格よりも、フィルターのデザイン、形態を重視している。それ故に、原告製品は、本件形態的特徴の斬新さにより、これを購入する需要者が年々増加し、原告の市場占有率も増大して平成四年には約六八パーセントに達している。
(2) また、原告は、昭和五七年以来、原告製品における本件形態的特徴を変更したことはなく、その商品カタログ(甲第六号証)にも原告製品の本件形態的特徴を示す写真、図版を掲載して広告宣伝に努めており、営業担当社員も右カタログの外、時には原告製品そのものを需要者方に持参して説明を行っている。
(三) そして、右のように本件形態的特徴により原告が製造、販売する商品であることを示す出所表示機能を取得した原告製品の形態は、以下の事実に照らし、遅くとも被告が被告製品の製造販売を開始した平成三、四年までに前記のような需要者の間に広く認識されるに至っていたことは明らかである。
(1) 原告の製造販売にかかるグリスフィルターは、原告製品(C型)に改良される以前のA型、B型の時からそのデザインや性能の良さ等によって商品名「ダブルチェック」とともに広く需要者に知られていた。
特に、原告製品(C型)の発売後は、本件形態的特徴も相まって、製造販売量や市場占有率も増大し、需要者から高い評価を受けるようになり、右商品名「ダブルチェック」及びその略称である「DC」は、ステンレス製のバッフル型グリスフィルターの代名詞として使用されるに至っている。
(2) 原告は、従前から建築関係の専門誌である「日経アーキテクチュア」(甲第一一号証の1ないし8)、設備設計及び空調設備の専門誌である「空気調和・衛生工学」(甲第一二号証の1ないし48)、「建築設備士」(甲第一五号証の1ないし23)、「設備設計」(甲第一六号証の1ないし31)、「空調衛生設備士」(甲第一八号証の1ないし9)、社団法人日本厨房機器工業会の機関誌「厨房」(甲第一七号証の1ないし40)等に継続的に広告を掲載しており、右広告記事中に頻繁に原告製品を写真入りで掲載して宣伝広告を行ってきた。
更に、原告は、需要者に対する原告製品の説明資料として、原告製品を正面や斜め等から見た、その形状を容易に識別できる写真、図版を掲載した詳細な商品カタログ(甲第四、第六号証)を作成し、営業社員がこの商品カタログを持参して、その形態や機能の説明を行っている。
(四) 被告は、商品の形態が周知商品表示となるためには、商品の形態が、他の類似商品と比べ、需要者の感覚に端的に訴える独自の意匠的形態を有し、需要者が一見して特定の営業主体の商品であることを理解することができる程度の識別力を備えたものであることが必要である、との前提に立ち、原告製品の形態は商品表示性を取得していない旨主張する。
しかしながら、右主張が、商品の形態が不正競争防止法二条一項一号の商品表示性を取得するためには常に需要者の感覚に端的に訴える独自の意匠的形態を有することが必要であるとする趣旨であれば、通常一般の意味における表示の冒用の場合よりも厳しい要件を課する結果となり不当である。仮に、被告の右主張を前提にしたとしても、原告製品における本件形態的特徴は、需要者をして原告が製造、販売する商品であることを認識させるに十分な識別力を有しているし、本件形態的特徴が昭和五七年の原告製品の販売開始以降、十数年の長きにわたって使用されてきたことからすると、それが原告の商品であることを識別する表示として機能していることは明らかである。
また、被告は、ろ過部の形状は外観から認識することが困難であり、原告製品の基本的形状はありふれたものであるとして、原告製品の形態が商品表示性を取得することはない旨主張する。しかし、本件形態的特徴のうちろ過部の形態(フィルター表板・フィルター裏板の各格子状縦板の両側縁の形状・突出角度・折曲のあり方によって形成されるろ過部全体の形態)は、原告製品を正面、背面あるいは斜め等から観察することで需要者にとって十分認識可能であり、他社製品との相違は容易に識別可能である。また、バッフル型グリスフィルターの技術的機能は、バッフル板と呼ばれる格子状の羽根板を表板と裏板に交互に配置することによって気流を遮断し、気流中に含まれる油脂を捕捉するというものにすぎず(乙第六号証の1ないし15、第七号証の1・2)、バッフル板の間隔や大きさ、羽根板の突出角度や折曲のあり方等の形状までを規定するものではない。すなわち、バッフル型グリスフィルターの技術的機能を達成する場合、バッフル板の間隔や大きさ、形状等は多様な選択が可能であり、それ故、ビルテックス社のバッフル型グリスフィルターの技術を導入した我が国の各メーカーは、同じバッフル型グリスフィルターでもろ過部の形状について各々異なった形態を採用しているのである。したがって、原告製品のろ過部の形態は、バッフル型グリスフィルターの技術的機能に基づく形態でもない。
2 被告製品の形態は、原告製品の形態と類似し、原告製品との間で混同を生じさせ、原告の営業上の利益を侵害したものである。
(一) 被告製品は、原告製品における本件形態的特徴を備えており、需要者がその時期と場所を異にして観察すれば、被告製品の形態と原告製品の形態とは混同を生じさせるほど類似している。
(二) そして、グリスフィルターは、チャンバーとは独立して取引され、チャンバーより耐用年数が短く交換時期が早く到来するので、グリスフィルターのみを交換する需要者も多いところ、被告製品は、形状、厚さ、寸法が原告製品と全く同一であるため、原告が製造、販売するチャンバーに何ら支障なく使用することができ、原告製品と完全な互換性があり、現実的な競業関係に立っている。しかも、被告は、被告製品を原告と同様に販売代理店を通じてあるいは直接にゼネコン、サブコン、設計事務所等に販売しており、従前から原告製品を販売していた販売代理店に対し、被告製品は「原告製品と同じものです。」などと申し向けて、販売委託を行っている。販売代理店の中には、原告製品と被告製品を一緒に販売している代理店もあり、かような代理店からフィルターを購入している需要者に原告製品と被告製品との誤認混同を生じている。
したがって、原告の営業上の利益が侵害されているのは明らかである。
【被告の主張】
原告製品の外観から理解されうる形態は、他の公知例や類似品からして特定の営業主体の商品であることを理解できる程度の識別力を備えていない。
1 商品の形態が周知商品表示となるためには、商品の形態が、他の類似商品と比べ、需要者の感覚に端的に訴える独自の意匠的形態を有し、需要者が一見して特定の営業主体の商品であることを理解することができる程度の識別力を備えたものであることが必要であるが、原告製品の形態の類似品が以前から多数あり、原告製品独自の特徴たる形態はなく、その排他的使用の事実も認められない。
2 油煙ろ過器のフィルターについて具体的にいえば、フィルターの表面形状や断面形状は、油煙を効率的に除去するという機能を発揮するために合目的的、合理的に決められるもので、直ちに自他商品の識別機能を果たすものではなく、商品の出所である主体を表示するものでもない。したがって、フィルターの形態が出所表示機能を取得するためには、その形態が同じ存在目的を達成する同種のフィルターの有する形態と異なるもの(相対的な特異性)がなければならず、特徴ある形状、当該形態の長期間にわたる独占的使用あるいは短期間における強力な宣伝活動によって、他社のフィルターの形態から区別された個性のあるものとして周知となり、特定の出所を指標するに至ることが必要である。
原告主張の原告製品における本件形態的特徴のうち、枠体とろ過部を一枚板のプレス加工により一体化して製作する結果としての外観に仮に商品表示性が肯定されるとしても、それは「窓タイプ」であって、被告製品の特徴である「上下桟タイプ」とは明らかに異なること、表板の羽根板と裏板のバッフル板とで異なる形状を採用したとする点は、そもそもこのように形状が異なることを外観から認識することが困難であるのみならず(特に原告製品には内部に負圧室を形成するための遮蔽板〔仕切板〕が羽根板の端部に接するように設けられているため〔甲第五、第六号証〕、羽根板の断面形状を認識することはほとんど不可能である。)、異なる断面形状の採用は他の類似品でも以前から採用されているところであること(甲第三五号証、乙第六号証の2・11)、前記二及び三の【被告の主張】において挙げたような公知の意匠が存在することからすると、原告主張の本件形態的特徴に相対的な特異性があるとも、他社のフィルターの形態から区別された個性のあるものとして周知となり、特定の出所を指標に至っているともいえない。
バッフル型グリスフィルターは、四角形状の枠内に複数の縦長の穴が並列され、二枚の羽根板が千鳥状に組み合わされていることによって、油煙のろ過というフィルターの技術的機能を有するものであるから、このような商品のありふれた基本的形状に第二次的に商品表示性が発生するということはありえない。このような基本的形状に独占権を認めれば、自由競争が不当に阻害されることになる。
3 原告は、原告製品の形態は、多数の宣伝広告により原告の商品表示として周知性を取得した旨主張するが、原告が挙げる広告類には、チャンバーに取り付けられたフィルター表面の全体斜視図が掲載されているだけであり、他社製品や公知の形態と区別することはできない。原告がそれなりの市場占有率を有しているとしても、それは、安価販売や「ダブルチェック」という商標等あるいは他社製品と異なり負圧室があるという構造によるものであって、形態自体が出所表示機能を取得したとは考えられない。
五 争点5(被告製品は原告製品の形態を酷似的に模倣したものであり、その製造販売は不法行為を構成するものであるか)について
【原告の主張】
被告製品は、その縦と横の比などの差異を除き、その形態は原告製品と同一又は実質的に同一であり、原告製品の酷似的模倣品であることは明らかである。
しかも、フィルター部分を除いて、被告が製造、販売している業務用厨房グリス除去装置「JEDグリスフィルター」の構成部材を原告が製造、販売している業務用厨房グリス除去装置の構成部材と比較すると、
a 被告のチェンバー側板(検甲第六号証の1・2)は、中央面の三条の凹条のくぼみの有無以外は、原告のチェンバー側板(検甲第五号証の1・2)とその形状、寸法、ねじ穴の位置に至るまで、ほとんど同一である、
b 被告のオイルパン(検甲第八号証の1・2)は、原告のオイルパン(検甲第七号証の1・2)と形状、縦横の寸法、ねじ穴の位置・個数、傾きに至るまで、全く同一の形態といってよい、
c 被告のフィルターカバー(検甲第一〇号証の1・2)は、側面のねじ部分に若干の差異があるものの、原告のフィルターカバー(検甲第九号証の1・2)と縦横の寸法、形態が極めて類似している、
d 被告のオイルカップ及びカップホルダー(検甲第一三、第一四号証)は、原告のオイルカップ及びカップホルダー(検甲第一一、第一二号証)と形態、寸法など寸分異ならないといってよいほど同一の形態である。
なるほど右各構成部材の形態自体は比較的単純なものが多く、一般的には似通った形態のものが存在しても不思議ではないが、右のように各構成部材のそれぞれについて、その細部に至るまで酷似しているのはもはや偶然とはいえない。被告は、被告の業務用厨房グリス除去装置として、合理的に別異のものを製作できたにもかかわらず、ほとんど何らの改良や付加も加えずに原告の製造、販売する業務用厨房グリス除去装置の各構成部材の形態をそのまま悪意で直接的に盗用しているのである。このことからすると、被告が、フィルターである被告製品の意匠についても模倣する意図があったことは明らかである。
被告の代表取締役大野則正は、平成四年六月まで原告の取締役営業部長であった者であり、被告の取締役脊尾憲審は平成三年一月まで原告の常務取締役で、同四年一月まで同従業員であったものであり、原告在職中から、原告製品が本件形態的特徴により市場において極めて高い評価を受け、売行きも好調であることに着目し、原告退職後直ちに被告を設立し、原告製品の酷似的模倣品である被告製品を製造し、これを原告と取引関係にある厨房設備業者に対して販売しているのである。
以上のような被告の行為は、競業者間の正常な商慣習に著しく違反するもので、民法七〇九条の不法行為を構成する。
【被告の主張】
商品の形状等が民法七〇九条の一般不法行為による保護の対象となるためには、当該形状等が一般人の美的感興を呼び起こし、その審美感を満足させる程度の美的創作性を有するとか、直接転写した完全な模倣品であるなどの要件を満たさなければならないところ、被告製品は、負圧室の有無だけでも原告製品と明らかに異なり、完全な模倣品ではないばかりか、非類似品である。また、バッフル型フィルターがステンレス製の場合、ステンレス素材による輝きはあるとしても、形状そのものに美的創作性が認められるようなものでないことは明らかである。
したがって、本件について不法行為の成立する余地はない。
六 争点6(被告が損害賠償責任を負う場合に、原告に対して賠償すべき損害の額)について
【原告の主張】
1 被告の平成五年一月一日から平成八年四月三〇日までの間の総売上額は二億八七八五万一三六三円、チャンバー付きフィルターの売上額は一億八八九六万二六五〇円、そのうちロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の売上額は一億〇〇一三万〇七〇七円(二万九七二五枚)である。
チャンバー付きフィルターの製造原価は、材料仕入額六三三九万二五八二円、部品資材仕入総額一〇三八万七八九六円、外注加工費五〇一九万五五一〇円、製品在庫総額四一一万九七六五円、材料在庫総額二一四万五四二〇円であるから、一億一七七一万〇八〇三円〔63,392,582+10,387,896+50,195,510-(4,119,765+2,145,420)〕である。
したがって、ロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の売上額一億〇〇一三万〇七〇七円がチャンバー付きフィルターの売上額一億八八九六万二六五〇円に占める比率からすると、ロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の製造原価は六二三七万四五七〇円〔117,710,803×(100,130,707÷188,962,650)〕となり、被告の粗利益は三七七五万六一二八円(100,130,707-62,374,570)となる。
2 したがって、意匠法三九条一項又は不正競争防止法五条一項により、右粗利益の額三七七五万六一二八円が被告の意匠権侵害、不正競争により原告が受けた損害の額と推定される。
右1の製造原価には、被告製品の製造に用いる金型の製作費は含めるべきではない。すなわち、後記3のとおり、意匠法三九条一項、不正競争防止法五条一項にいう被告の受けた利益の額を算出するに当たっては、被侵害者において当該侵害品を製造、販売したとするならば追加出捐せざるをえない経費に限って控除すべきであるところ、本件において、原告は既に真正品たる原告製品を製造するための金型を有しており、原告が仮に侵害品たる被告製品を製造するとしても新たに金型を製作する必要がないから、金型製作費は原告が新たに追加出捐せざるをえない経費ではない。また、被告は、被告製品の形態に若干の変更を加えた新たなフィルターを製造、販売しようとしているものと思われるところ、侵害品たる被告製品の金型を変更して新たなフィルターの金型として利用している可能性があり、そうであれば、金型製作費は侵害品の製造のためにのみ用いられた費用とはいえないし、金型製作費を控除するとすると、当該金型自体は既に存しない以上被告はその廃棄を免れながら、他方では金型製作費を利益の額から控除されるという利益を得るという不当な結果となる。
3 被告は、意匠法三九条一項、不正競争防止法五条一項にいう被告の得た利益の額は、純利益を指すとし、純利益とは、売上額から製造原価を差し引いた粗利益から、販売費、一般管理費、営業外損益、特別損益を差し引くべきである旨主張するが、純利益説に立ったとしても、右のような会計上の各費目を差し引くべきであるとするのは失当である。
すなわち、右の規定は、被侵害者(知的財産権者)がその逸失利益を立証することの困難性を救済するために設けられた推定規定であるから、ここでいう被告の得た利益の額も被侵害者の逸失利益との相関関係において解釈される必要があり、この観点からすると、侵害者が要した経費のすべてを粗利益から単純に控除するのではなく、被侵害者において当該侵害品を製造、販売したとするならば追加出捐せざるをえない経費に限って控除すべきである。侵害者が取り扱う他の製品の販売のためのみにも結局は同額の人件費を要するという場合に、この人件費を侵害品と他の製品の売上げの割合に按分して侵害品の粗利益の額から控除することは、侵害行為があったことによってかえって侵害者を利する結果となってしまう。
被告は、純利益の額は、決算報告書中の損益計算書に「当期利益」として具体化されていると主張するが、これによれば、粗利益の額から、右人件費の外、他の製品の製造販売にも共通する販売管理費すなわち広告宣伝費、販売手数料、事務所賃借料、事務用品費、消耗品費、水道光熱費、旅費交通費、支払手数料、公租公課、交際接待費、保険料、通信費、諸会費、図書研究費等までも他の製品の売上げとの按分にて控除し、更に本来営業とは何ら関係のない営業外費用や特別損益まで控除すべきである旨主張していることになるが、これらが侵害品であるロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二を製造、販売するに当たって直接必要とされる費用(原告が製造、販売したとするならば追加出捐せざるをえない経費)でないことは明らかである。
したがって、仮に被告の得た利益の額について侵害品の製造販売に直接必要な経費を控除する純利益説に立ったとしても、本件の場合、粗利益の額から控除すべき経費は、せいぜい運送料及び保管料(保管のための倉庫料)のみである。
右運送料及び保管料の額は、同期間における保管料一二七五万八〇八〇円と運賃総額七四八万八九九〇円の合計から運賃請求総額一三五万八七六〇円を差し引いた額をロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の売上額が被告の総売上額に占める割合で按分した六五七万〇四〇四円〔(12,758,080+7,488,990-1,358,760)×(100,130,707÷287,851,363)〕であるから、被告の得た利益の額は、前記1の粗利益の額三七七五万六一二八円から右六五七万〇四〇四円を差し引いた三一一八万五七二四円ということになる。
【被告の主張】
1 まず、原告主張の期間内におけるロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の売上額が一億〇〇一三万〇七〇七円(二万九七二五枚)であることは認めるが、原告主張の粗利益の額自体、誤りであり、正しくは六七七万二八四三円である。なお、製造原価に被告製品の製造に用いる金型の製作費が含まれることは当然である(金型は、被告自ら近々廃棄する予定である。)。
2 意匠法三九条一項、不正競争防止法五条一項でいう「利益の額」は、純利益を指し、純利益とは、売上額から売上原価を差し引いた粗利益から、更に販売費、一般管理費、営業外損益、特別損益を差し引いたもので、企業の決算報告書中の損益計算書に「当期利益」として具体化されている。原告主張の期間中の三期分の純売上高の合計は二億七七五八万一九二一円であり、当期利益の合計は六五八万七〇七一円であるところ、純売上高のうちロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の売上高は一億〇〇一三万〇七〇七円(約三六・〇七二%)であるから、その製造販売による純利益は、二三七万六〇八八円である。
第四 争点に対する当裁判所の判断
一 争点1(被告は、イ号物件を製造、販売したか)について
被告は、イ号物件を製造、販売したことを否認するところ、原告は、東新産業株式会社作成の御承認申請図(甲第三号証)提出の事実及び厨房工業会からの認定ラベル一万枚購入の事実をもって、被告がイ号物件を製造、販売した旨主張する。
甲第三号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成五年四月頃、株式会社テクノ菱和が宮崎県のフェニックスリゾートワールドコンベンションセンターに設置する予定の厨房機器等の設備について、東新産業株式会社が同社に対して御承認申請図(甲第三号証)を提出するに当たって、東新産業株式会社に対し、図番「JG-0507D」、名称「JEDグリスフィルターフィルター仕様書」なる同年二月一七日作成のグリスフィルターの仕様書を提出したことが認められるが、右のような仕様書の提出をもって直ちに被告が現実に同仕様書記載のグリスフィルターを販売したとはいえないのみならず、同仕様書の型式欄に「JF-5050、JF-4050、JF-3050、JF-2550、JF-2532」と記載されており、他の型式の記載はないところ、弁論の全趣旨によれば、右型式欄記載の型式JF-5050はロ号物件二・三、JF-4050はハ号物件一・二、JF-3050はニ号物件一・二、JF-2550はホ号物件一・二、JF-2532はヘ号物件一・二に各相当するものと認められ、また、同仕様書の正面図はイ号物件の形態とは合致しないから、右甲第三号証をもって被告がイ号物件を製造、販売したと認めることはできない。また、被告が厨房工業会から交付を受けていた認定ラベル一万枚は、乙第一号証によれば同年四月二二日に厨房工業会に返却したことが認められる。
他に被告がイ号物件を製造、販売したと認めるに足りる証拠はない。
二 争点2(被告意匠は、本件登録意匠に類似するものであるか)について
右一のとおり、被告がイ号物件を製造、販売したことを認めることができないので、イ号意匠を除く被告意匠が本件登録意匠に類似するか否かについて判断する。
1 まず、本件登録意匠の形態及び要部について検討する。
(一) 別添意匠公報<1>(甲第二号証)によれば、本件登録意匠の形態は、ほぼ原告主張のとおり、次の<1>ないし<16>の構成から成るものと認められる(構成<7><8><10><11><12><14><16>は、原告の主張と表現が若干異なるが、実質的に原告の主張と異なるものではない。)。
<1> フィルター枠体は、フィルター表板とフィルター裏板を相互に嵌合して一体化して形成してある。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比が一対一の正方形である。
<3> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、周囲の角枠とこの周囲角枠の上下の枠片間に設けられた複数本の格子状縦板とから成る。
<4> フィルター表板の周囲角枠内にフィルター裏板の周囲角枠を嵌め入れることによって、フィルター表板とフィルター裏板を一体化してある。
<5> フィルター表板の格子状縦板は等間隔に七本、フィルター裏板の格子状縦板は等間隔に八本設けられている。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続している。
<7> フィルター表板の各格子状縦板の両側縁を、断面ハ字形に広がるようにフィルター裏板側へ突出させて(全体として断面が略V字形になる。)羽根板を形成してある。
<8> フィルター裏板の各格子状縦板の両側縁を、断面ハ字形に広がるようにフィルター表板側へ突出させて(全体として断面が略V字形になる。)バッフル板を形成してある。
<9> フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバッフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態で、バッフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態である。
<10> 羽根板の先端部は断面円弧状に背面側へ屈曲し、屈曲先端は表裏方向とほぼ平行になっている。
<11> バッフル板の先端部は、背面側へほぼ直角に折れ曲がっている。
<12> フィルター表板の格子状縦板とフィルター裏板の格子状縦板は食い違い状に表裏に位置するとともに、羽根板とバッフル板は、羽根板の先端部の背面とバッフル板の先端部とを対向させている。
<13> フィルター表板とフィルター裏板の各周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその前面から上面にかけて、下枠片にはその前面から下面にかけて、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に九個ずつ形成されている。
<14> フィルター裏板の両端の各格子状縦板の背面に、フィルター表板側へ向けて把手が設けられており、格子状縦板と周囲角枠の左右枠片との隙間から顕れている。
<15> 把手は、フィルター裏板の格子状縦板に固設される一対の固定板と、各固定板の先端の筒状屈曲部に両端を枢支されるコ字型の握り棒とで形成されている。
<16> 把手は、格子状縦板の上下方向のほぼ中央部に位置している。
(二) 被告は、右認定の構成のうち、構成<9>「フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバッフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態で、バッフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態である。」、構成<10>「羽根板の先端部は断面円弧状に背面側へ屈曲し、屈曲先端は表裏方向とほぼ平行になっている。」及び構成<11>「バッフル板の先端部は、背面側へほぼ直角に折れ曲がっている。」は、物品の断面からは判断できるが、実際の取引において外観から判断することは不可能であることが明らかであるから、本件登録意匠の構成にはなりえない旨主張する。
意匠とは、物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう(意匠法二条一項)から、物品の外観から看取することができるものでなければならないが、本件登録意匠に係る物品「油煙ろ過器のフィルター」であって、その中でも同種のバッフル型グリスフィルターの現物である検乙第一号証(ロ号物件二)、第二号証(日本金属株式会社販売にかかる「ファイヤーファイター」、第三、第四号証(西川フィルター工業株式会社販売にかかる「バッフレッシュ」)及び写真である検甲第一号証の5・6、第二ないし第四号証の各1・2によれば、右のような構成<9><10>及び<11>は、フィルターの断面によるまでもなく、また、フィルター表板とフィルター裏板とに分解するまでもなく、フィルターの外観を正面及び背面から観察する(格子状縦板と格子状縦板の隙間も、真正面からだけでなく、斜めからも見ることになる。)ことにより、羽根板及びバッフル板の先端部の形状まで看取することが十分可能である(このことは、フィルターの断面形状が断面図の形で看取することが可能であるというのではなく、フィルターの外観から断面形状を把握することが可能であるということである。)から、被告の右主張は採用することができない。
(三) 次に、右(一)認定のような本件登録意匠の構成のうち需要者の注意を最も惹きやすい部分(要部)について検討する。
(1) 甲第二号証、検乙第一ないし第四号証によれば、本件登録意匠に係る物品である油煙ろ過器のフィルターの構成は、大きく、フィルター表板の格子状縦板及び羽根板並びにフィルター裏板の格子状縦板及びバッフル板から成るろ過部と、その周囲の角枠から成る枠部に分けることができると認められるところ、ろ過部は、物品の中央部を占めていて、しかも意匠全体に占める割合が枠部に比して圧倒的に大きいから、必然的に目につきやすく、強く印象づけられる部分であるということができる。しかも、そもそも油煙ろ過器のフィルターは、調理時に厨房で発生した油煙をろ過して油を除去した後に室外に排出することを目的とするものである(甲第二号証、弁論の全趣旨)から、ろ過の性能(油の捕捉率)が重要であることはいうまでもなく、そして、バッフル型グリスフィルターにおいては、油煙が格子状縦板、羽根板及びバッフル板から成るろ過部を通過する際に膨張・圧縮による圧力変化と衝突・方向転換により油分のみをろ過部の面に付着させて除去するというものである(証人東野利弘、弁論の全趣旨)から、フィルターとしての機能の面からいってもろ過部の断面形状が重視されることが明らかである。現に、甲第六、第七号証(原告製品)、第三四号証(河村工業株式会社販売にかかる「ミツヤグリスフィルター」)、乙第八号証の1(日本金属株式会社販売にかかる「ファイヤーファイター」)、同号証の2(西川フィルター工業株式会社販売にかかる「バッフレッシュ」)、同号証の3(河村工業株式会社販売にかかる「ミツヤグリスフィルター」)、同号証の4及び第一一号証(株式会社フカガワ販売にかかる「ファイヤーグリスフィルター」)、乙第八号証の5(ホーコス株式会社販売にかかる「グリスフィルターグリーサー」)によれば、各社のバッフル型グリスフィルターのカタログには、フィルターの機能や性能の説明文とともにろ過部の断面図が掲載されていることが認められる。
そして、本件登録意匠におけるろ過部の断面形状を構成する構成<7>ないし<12>についてみるに、いずれも本件登録意匠の出願日である昭和五六年一二月四日より前に頒布された刊行物である乙第五号証の1ないし5・7(昭和五六年九月二五日出願公開にかかる特開昭五六-一二一九二八号公開特許公報・昭和五六年三月三〇日出願公告にかかる実公昭五六-一三五七五号実用新案公報・特開昭四九-一〇四二六七号公開特許公報・特開昭五〇-六〇八七三号公開特許公報・特開昭五一-一一二七七号公開特許公報・特公昭五五-一四六八九号特許公報)には、フィルター表板の各格子状縦板の両側縁を、断面ハ字形に広がるようにフィルター裏板側へ突出させて(全体として断面が略V字形になる。)羽根板を形成してある(構成<7>)、フィルター裏板の各格子状縦板の両側縁を、断面ハ字形に広がるようにフィルター表板側へ突出させて(全体として断面が略V字形になる。)バッフル板を形成してある(構成<8>)、フィルター表板の格子状縦板とフィルター裏板の格子状縦板は食い違い状に表裏に位置するとともに、羽根板とバッフル板は、羽根板の先端部の背面とバッフル板の先端部とを対向させている(構成<12>)、という形状のフィルターが示されていることが認められ、かかる形状は、バッフル型グリスフィルターの形態としてありふれたものということができる。このように構成<7><8>及び<12>は、本件登録意匠の出願前に既にありふれた形状となっていたのであるから、需要者の注意を惹くとはいえない。
一方、ろ過部が断面ハ字形の羽根板とバッフル板から成るグリスフィルターにおいて、フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバッフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態であるのに対し、バッフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態であり(構成<9>)、羽根板の先端部は断面円弧状に背面側へ屈曲し、屈曲先端は表裏方向とほぼ平行になっている(構成<10>)のに対し、バッフル板の先端部は、背面側へほぼ直角に折れ曲がっている(構成<11>)というように羽根板の断面形状とバッフル板の断面形状とが異なる(フィルターを表側から見た時と裏側から見た時とでろ過部の形状が異なる)ものは、被告援用の証拠(第三の二【被告の主張】2(二)、同三【被告の主張】掲記のもの)、その他本件全証拠によるも、本件登録意匠の出願前に公然知られ、あるいは刊行物に記載されていたものとは認められない(前掲乙第五号証の1ないし5・7のものも、羽根板の断面形状とバッフル板の断面形状が同じであり、表側から見た時と裏側から見た時のろ過部の形状が同じである。)。もっとも、単に羽根板の断面形状とバッフル板の断面形状とが異なるというだけのものは、乙第六号証の2(実開昭五二-三三七七四号公開実用新案公報)、同号証の3(実開昭五二-三三七七五号公開実用新案公報)、同号証の10(実開昭五五-九一九一六号公開実用新案公報)にみられるように本件登録意匠の出願前に公知となっていたことが認められるが、これらは、バッフル板の断面形状がハ字形とはいい難い特異な形状で、しかもろ過部が二段になった複雑な形状のものであって、右構成<9><10><11>とはかけ離れたものである。甲第三五号証(原告従業員作成の昭和五六年六月二六日付「各社比較表」)によっても、本件登録意匠の出願前に、羽根板の断面形状とバッフル板の断面形状とが異なるフィルターが販売されていたことが認められるが、やはりバッフル板の断面形状がハ字形とはいい難いものやろ過部全体の断面形状が極めて複雑なものであって、やはり右構成<9><10><11>とはかけ離れたものである。
以上によれば、本件登録意匠において需要者の注意を最も惹きやすい部分(要部)は、一体としての構成<9><10><11>にあるといわなければならない。
(2) 被告は、構成<9><10><11>は、外部から認識することができないから、看者の注意を惹くことはない旨主張するが、構成<9><10><11>が、フィルターの断面によるまでもなく、また、フィルター表板とフィルター裏板とに分解するまでもなく、フィルターの外観を正面及び背面から観察することにより、羽根板及びバッフル板の先端部の形状まで看取することが十分可能であることは、前記(二)説示のとおりである。
公知意匠に関する被告の主張については、前記(1)説示のとおりである。なお、被告は、本件登録意匠の羽根板の断面形状は、日本金属株式会社の「ファイヤーファイター」、西川フィルター工業株式会社の「バッフレッシュ」の断面形状と極めて類似している旨主張するところ、「ファイヤーファイター」(乙第八号証の1)は、羽根板の断面形状自体が本件登録意匠と相違し、「バッフレッシュ」(同号証の2)は、羽根板の断面形状自体は先端部の屈曲角度を除き本件登録意匠と類似しているといえようが、いずれにしても、羽根板の断面形状とバッフル板の断面形状が同じであり、本件登録意匠の構成<9><10><11>のように羽根板の断面形状とバッフル板の断面形状とが異なるものではないから、前記(1)の本件登録意匠における要部の認定を左右するものではない。
また、被告は、構成<9><10><11>は、油煙ろ過器のフィルターが通常有する形態であるから、本件登録意匠の要部とはなりえない旨主張するが、バッフル型グリスフィルターであっても、そのろ過部の具体的な形態は、甲第三五号証や前掲乙第五号証の1ないし5・7に照らしても種々の形態を採用することが可能であることが認められ、本件全証拠によるも、必然的に構成<9><10><11>のような具体的な形態になるものとは認められない。
以上要するに、本件登録意匠の要部についての被告の主張は、いずれも採用することができない。
2 イ号意匠を除く被告意匠の各断面形状、特に羽根板の断面形状の特定について、原告は各断面図の上段の図面記載のとおりであると主張するのに対し、被告は各断面図の下段の図面記載のとおりであると主張する。
双方の主張の違いは、羽根板先端部の折曲部分が、丸みを帯びているか(原告)、角張っているか(被告)にあるところ、甲第六〇号証添付の転写図がロ号物件二の羽根板の端面形状を転写したものであることは当事者間に争いがなく、かつ、被告製品の羽根板の断面形状は、種類にかかわらず同一であることが弁論の全趣旨により明らかであるから、イ号意匠を除く被告意匠の断面形状は、各断面図の上段の図面において、羽根板の断面形状を、右転写図を忠実に表したものと認められる本判決末尾添付の「羽根板断面図」(原告の平成八年一月二九日付準備書面添付のもの)で置き換えたものと認められ、これを覆すに足りる証拠はない(右認定の羽根板の断面形状は、被告主張の下段の図面よりは原告主張の上段の図面に近いといえるが、折曲部分の丸みのカーブが原告主張の上段の図面ほどは大きくない。)。
3 そこで、ロ号意匠一が本件登録意匠に類似するか否かについて検討する。
(一) 別紙ロ号-一図面によれば、ロ号意匠一の形態は、次の構成から成るものと認められる。
<1> フィルター枠体は、フィルター表板とフィルター裏板を相互に嵌合して一体化して形成してある。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比が一対一の正方形である。
<3> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、周囲の角枠とこの周囲角枠の上下の枠片間に設けられた複数本の格子状縦板とから成る。
<4> フィルター表板の周囲角枠内にフィルター裏板の周囲角枠を嵌め入れることによって、フィルター表板とフィルター裏板を一体化してある。
<5> フィルター表板の格子状縦板は等間隔に七本、フィルター裏板の格子状縦板は等間隔に八本設けられている。
<6> フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続しており、フィルター表板の上下枠片にそれぞれその後端縁から前面側へ断面L字形に折り返してフィルター表板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠片が設けられているとともに、フィルター裏板の上下枠片にそれぞれその前端縁から後面側へ断面L字形に折り返してフィルター裏板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠片が設けられている。
<7> フィルター表板の各格子状縦板の両側縁を、断面ハ字形に広がるようにフィルター裏板側へ突出させて(全体として断面が略V字形になる。)羽根板を形成してある。
<8> フィルター裏板の各格子状縦板の両側縁を、断面ハ字形に広がるようにフィルター表板側へ突出させて(全体として断面が略V字形になる。)バッフル板を形成してある。
<9> フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバッフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態で、バッフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態である。
<10> 羽根板の先端部は、その先端が表裏方向とほぼ平行になるように折れ曲がり、折曲部分は丸みを帯びている。
<11> バッフル板の先端部は、背面側へほぼ直角に折れ曲がっている。
<12> フィルター表板の格子状縦板とフィルター裏板の格子状縦板は食い違い状に表裏に位置するとともに、羽根板とバッフル板は、羽根板の先端部の背面とバッフル板の先端部とを対向させている。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその前面から上面にかけて、下枠片にはその前面から下面にかけて、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
<14> フィルター裏板の両端の各格子状縦板の背面にフィルター表板側へ向けて把手が設けられており、格子状縦板と周囲角枠の左右枠片との隙間から顕れている。
<15> 把手は、コ字形で、両端がそれぞれフィルター裏板の格子状縦板の背面に固定片で固設されている。
<16> 把手は、格子状縦板の上下方向のほぼ中央部に位置している。
(二) 右(一)のロ号意匠一の構成を右1(一)の本件登録意匠の構成と対比すると、
<1> フィルター枠体は、フィルター表板とフィルター裏板を相互に嵌合して一体化して形成してある。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比が一対一の正方形である。
<3> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、周囲の角枠とこの周囲角枠の上下の枠片間に設けられた複数本の格子状縦板とから成る。
<4> フィルター表板の周囲角枠内にフィルター裏板の周囲角枠を嵌め入れることによって、フィルター表板とフィルター裏板を一体化してある。
<5> フィルター表板の格子状縦板は等間隔に七本、フィルター裏板の格子状縦板は等間隔に八本設けられている。
<7> フィルター表板の各格子状縦板の両側縁を、断面ハ字形に広がるようにフィルター裏板側へ突出させて(全体として断面が略V字形になる。)羽根板を形成してある。
<8> フィルター裏板の各格子状縦板の両側縁を、断面ハ字形に広がるようにフィルター表板側へ突出させて(全体として略V字形になる。)バッフル板を形成してある。
<9> フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバッフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態で、バッフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態である。
<11> バッフル板の先端部は、背面側へほぼ直角に折れ曲がっている。
<12> フィルター表板の格子状縦板とフィルター裏板の格子状縦板は食い違い状に表裏に位置するとともに、羽根板とバッフル板は、羽根板の先端部の背面とバッフル板の先端部とを対向させている。
<14> フィルター裏板の両端の各格子状縦板の背面に、フィルター表板側へ向けて把手が設けられており、格子状縦板と周囲角枠の左右枠片との隙間から顕れている。
<16> 把手は、格子状縦板の上下方向のほぼ中央部に位置している。
という点で一致しており、
(1) 構成<6>につき、本件登録意匠では、フィルター表板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター表板の上下枠片と一体に連続しているとともに、フィルター裏板の各格子状縦板は、その上下端がフィルター裏板の上下枠片と一体に連続しているところ、ロ号意匠一では、これに加えて、フィルター表板の上下枠片にそれぞれその後端縁から前面側へ断面L字形に折り返してフィルター表板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠片が設けられているとともに、フィルター裏板の上下枠片にそれぞれその前端縁から後面側へ断面L字形に折り返してフィルター裏板の各格子状縦板の上下端を覆うように横枠片が設けられている。
(2) 構成<13>につき、本件登録意匠では、フィルター表板とフィルター裏板の各周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその前面から上面にかけて、下枠片にはその前面から下面にかけて、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に九個ずつ形成されているのに対し、ロ号意匠一では、フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその前面から上面にかけて、下枠片にはその前面から下面にかけて、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
(3) 構成<15>につき、把手は、本件登録意匠では、フィルター裏板の格子状縦板に固設される一対の固定板と、各固定板の先端の筒状屈曲部に両端を枢支されるコ字形の握り棒とで形成されているのに対し、ロ号意匠一では、コ字形で、両端がそれぞれフィルター裏板の格子状縦板の背面に固定片で固設されている。
という点で相違しており、
(4) 構成<10>については、本件登録意匠では、羽根板の先端部は断面円弧状に背面側へ屈曲し、屈曲先端は表裏方向とほぼ平行になっているのに対し、ロ号意匠一では、羽根板の先端部は、その先端が表裏方向とほぼ平行になるように折れ曲がり、折曲部分は丸みを帯びている、というように表現上一応相違しているということができる。
(三) 右のロ号意匠一の構成と本件登録意匠の構成との一致点<1><2><3><4>は枠体に関するもの、一致点<5><7><8><9><11><12>はろ過部に関するもの、一致点<14><16>は把手に関するものであり、ロ号意匠一は、フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバッフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態で、バッフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態であり、バッフル板の先端部は、背面側へほぼ直角に折れ曲がっている点で、前記1(三)認定の本件登録意匠の要部のうちの構成<9>及び<11>において一致することが明らかである。
一方、相違点(1)は枠体に関するもの、相違点(2)は油抜き孔に関するもの、相違点(3)は把手に関するものである。したがって、相違点(1)・(2)・(3)はいずれも本件登録意匠の要部に関するものではないから、これらが与える印象の差異は小さいものといわなければならない。
表現上一応相違している(4)の点はろ過部に関するものであるが、羽根板間の先端が表裏方向とほぼ平行になっている点では一致しており、その差異は、羽根板の先端が右のように表裏方向とほぼ平行になるための先端部の曲り方が、丸みを帯びた折曲であるか(ロ号意匠一)、断面円弧状に屈曲しているか(本件登録意匠)というもので、いわばわずかな程度の差にすぎず、その差を外観から識別することは容易でなく、前記2認定の「羽根板断面図」と意匠公報<1>記載の断面図を対比しても、両意匠の羽根板の断面形状は酷似しているから、ロ号意匠一の構成<10>は、その表現上の相違にもかかわらず、実質的に本件登録意匠の構成<10>と一致するといってよいというべきである。
そうすると、ロ号意匠一は本件登録意匠の要部である構成<9><10><11>を備えているということができ、他の多くの一致点とも相まって、本件登録意匠との相違点(1)ないし(3)のもたらす印象の差異を凌駕し、意匠全体として本件登録意匠と共通の美感を起こさせるものであるから、ロ号意匠一は、本件登録意匠に類似するものというべきである。
被告は、本件登録意匠は「窓タイプ」に、ロ号意匠一は「上下桟タイプ」にそれぞれ属するので、明確に区別され、更に、把手の形状や位置、油抜き孔の位置、ビスの相違が加わって、両意匠は全く異なる印象をもたらすものである旨主張する。しかし、「窓タイプ」、「上下桟タイプ」という類型については、この種のグリスフィルターにおいて被告主張の「窓タイプ」、「上下桟タイプ」、「額縁タイプ」という類型化が一般的になされていて、この類型によってグリスフィルターを区別するのが通常であると認めるに足りる証拠がないだけでなく、本件登録意匠の要部に関するものではなく、把手は、油煙ろ過装置へのフィルターの取付け・取外しの際の便宜等のために設けられるものであって、油煙のろ過という本来の機能自体に関しないものであるから、その形状や位置に対する関心はろ過部の形状に比べて格段に低く、意匠全体のもたらす印象に及ぼす影響は小さいものということができ、油抜き孔やビスは、フィルター全体に占める面積の割合が非常に小さいものであるから、意匠全体のもたらす印象に及ぼす影響は極めて小さいものといわなければならない。右被告の主張は、採用することができない。
4 ロ号意匠二は、別紙ロ号-二図面及び検乙第一号証によれば、構成<13>及び<16>が次のとおり異なる外は、ロ号意匠一の構成と同じであると認められる。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている。
<16> 把手は、格子状縦板の上下方向の中央部より下寄りに位置している。
ロ号意匠二の構成を本件登録意匠の構成と対比すると、ロ号意匠一の場合と比べて、一致点<16>が一致点でなくなり、相違点(1)ないし個(但し、相違点(2)は、構成<13>につき、本件登録意匠では、フィルター表板とフィルター裏板の各周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその前面から上面にかけて、下枠片にはその前面から下面にかけて、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に九個ずつ形成されているのに対して、ロ号意匠二では、フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている、というものである。)に加えて、
構成<16>につき、把手は、本件登録意匠では、格子状縦板の上下方向のほぼ中央部に位置しているのに対し、ロ号意匠二では、格子状縦板の上下方向の中央部より下寄りに位置している
という点で相違しているということができる。
右の構成<16>についての相違点は、把手の位置に関するものであり、前記3末尾説示のとおり意匠全体のもたらす印象に及ぼす影響は小さいから、ロ号意匠二は、ロ号意匠一と同様、本件登録意匠の要部である構成<9><10><11>を備えているということができ、他の多くの一致点とも相まって、相違点のもたらす印象の差異を凌駕し、意匠全体として本件登録意匠と共通の美感を起こさせるものであり、本件登録意匠に類似するものというべきである。
5 ロ号意匠三は、別紙ロ号-三図面によれば、構成<13>がロ号意匠二と同じである外は、ロ号意匠一の構成と同じであると認められる。
したがって、ロ号意匠三の構成を本件登録意匠の構成と対比すると、その一致点及び相違点はロ号意匠一の場合と同じである(但し、相違点(2)は、構成<13>につき、本件登録意匠では、フィルター表板とフィルター裏板の各周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその前面から上面にかけて、下枠片にはその前面から下面にかけて、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に九個ずつ形成されているのに対して、ロ号意匠三では、フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に四個ずつ形成されている、というものである。)から、ロ号意匠三は、本件登録意匠と共通の美感を起こさせ、本件登録意匠に類似するものというべきである。
6(一) ハ号意匠一は、別紙ハ号-一図面によれば、構成<2>が次のとおり異なる外は、ロ号意匠三の構成と同じであると認められる。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比がほぼ四対五の横長長方形である。
ハ号意匠一の構成を本件登録意匠の構成と対比すると、ロ号意匠三の場合と比べて、一致点<2>が一致点でなくなり、相違点(1)ないし(3)に加えて、構成<2>につき、フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、本件登録意匠では縦と横の比が一対一の正方形であるのに対し、ハ号意匠一では縦と横の比がほぼ四対五の横長長方形である
という点で相違しているということができる。
右の構成<2>についての相違点は、ろ過部の断面形状に関するものではないし、フィルター表板とフィルター裏板の縦と横の比は、枠体としてのバランスと油煙除去装置の大きさによって決まるものであり、証人東野利弘の証言によれば、フィルターの枠体の幅は五〇〇mm(特殊サイズで三〇〇mm)、縦の長さは五〇〇mm、四〇〇mm、、三〇〇mm、二五〇mmに半ば規格化されていることが認められるから、需要者の注意を強く惹くものとはいえず、右相違点が意匠全体のもたらす印象に及ぼす影響は小さいものということができる(その意味で、縦と横の比がほぼ一対二の横長長方形である点で構成<2>が異なるだけであって、他の構成は件登録意匠と同一である本件類似意匠について、本件登録意匠の類似意匠として意匠登録がされていること〔甲第五四号証〕は、首肯できるところである。)。これに反する被告の主張は採用することができない。
したがって、ハ号意匠一は、ロ号意匠三との右相違点にもかかわらず、ロ号意匠三と同様、本件登録意匠と共通の美感を起こさせ、本件登録意匠に類似するものというべきである。
(二) ハ号意匠二は、別紙ハ号-二図面によれば、構成<16>が「把手は、格子状縦板の上下方向の中央部より下寄りに位置している。」というものである点で異なる外は、ハ号意匠一の構成と同じであると認められる。
右の構成<16>についての相違点は、把手の位置に関するものであり、前記3(三)末尾説示のとおり、意匠全体のもたらす印象に及ぼす影響は小さいから、ハ号意匠二も、ハ号意匠一と同様、本件登録意匠に類似するものというべきである。
7(一) ニ号意匠一は、別紙ニ号-一図面によれば、構成<2>が次のとおり異なる外は、ロ号意匠三の構成と同じであると認められる。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比がほぼ三対五の横長長方形である。
ニ号意匠一の構成を本件登録意匠の構成と対比すると、ロ号意匠三の場合と比べて一致点<2>が一致点でなくなり、相違点(1)ないし(3)に加えて、構成<2>につき、フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、本件登録意匠では縦と横の比が一対一の正方形であるのに対し、ニ号意匠一では縦と横の比がほぼ三対五の横長長方形である
という点で相違しているということができる。
したがって、ニ号意匠一は、右6(一)説示と同様の理由により、本件登録意匠に類似するものというべきである。
(二) ニ号意匠二は、別紙ニ号-二図面によれば、構成<16>が「把手は、格子状縦板の上下方向の中央部より下寄りに位置している。」というものである点で異なる外は、ニ号意匠一の構成と同じであると認められる。
したがって、ニ号意匠二は、前記6(二)説示と同様の理由により、本件登録意匠に類似するものというべきである。
8(一) ホ号意匠一は、別紙ホ号-一図面によれば、構成<2>が次のとおり異なる外は、ロ号意匠三の構成と同じであると認められる。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比がほぼ一対二の横長長方形である。
ホ号意匠一の構成を本件登録意匠の構成と対比すると、ロ号意匠三の場合と比べて一致点<2>が一致点でなくなり、相違点(1)ないし(3)に加えて、構成<2>につき、フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、本件登録意匠では縦と横の比が一対一の正方形であるのに対し、ホ号意匠一では縦と横の比がほぼ一対二の横長長方形である
という点で相違しているということができる。
したがって、ホ号意匠一は、前記6(一)説示と同様の理由により、本件登録意匠に類似するものというべきである。
(二) ホ号意匠二は、別紙ホ号-二図面によれば、構成<16>が「把手は、格子状縦板の上下方向の中央部より下寄りに位置している。」というものである点で異なる外は、ホ号意匠一の構成と同じであると認められる。
したがって、ホ号意匠二は、前記6(二)説示と同様の理由により、本件登録意匠に類似するものというべきである。
9(一) ヘ号意匠一は、別紙ヘ号-一図面によれば、構成<2><5>及び<13>が次のとおり異なる外は、ロ号意匠一の構成と同じであると認められる。
<2> フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、縦と横の比がほぼ五対六の横長長方形である。
<5> フィルター表板の格子状縦板は等間隔に四本、フィルター裏板の格子状縦板は等間隔に五本設けられている。
<13> フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に三個ずつ形成されている。
ヘ号意匠一の構成を本件登録意匠の構成と対比すると、ロ号意匠一の場合と比べて一致点<2>及び<5>が一致点でなくなり、相違点(1)ないし(3)(但し、相違点(2)は、構成<13>につき、本件登録意匠では、フィルター表板とフィルター裏板の各周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその前面から上面にかけて、下枠片にはその前面から下面にかけて、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に九個ずつ形成されているのに対し、ヘ号意匠一では、フィルター表板の周囲角枠の上下枠片に、上枠片にはその上面に、下枠片にはその下面に、それぞれ円形の油抜き孔が等間隔に三個ずつ形成されているというものである。)に加えて、
構成<2>につき、フィルター表板とフィルター裏板はそれぞれ、本件登録意匠では縦と横の比が一対一の正方形であるのに対し、ヘ号意匠一ではほぼ五対六の横長長方形である、
構成<5>につき、等間隔に設けられているフィルター表板及びフィルター裏板の格子状縦板の各本数が、本件登録意匠では七本・八本であるのに対して、ヘ号意匠一では四本・五本である、
という点で相違しているということができる。
右の構成<2>についての相違点が意匠全体のもたらす印象に及ぼす影響が小さいことは前記6(一)説示のとおりであり、構成<5>についての相違点についていえば、ろ過部の断面形状に関するものではないし、前記認定のとおり、フィルターの枠体の幅及び縦の長さは半ば規格化されており、これによる制約を受ける以上、フィルター表板及びフィルター裏板を一枚板で構成するには各格子状縦板の本数に自ずと限界があり、枠体の大きさによって大差のない本数とならざるをえないと考えられるから、右相違点が意匠全体のもたらす印象に及ぼす影響はやはり小さいものといわなければならない。
そうすると、ヘ号意匠一は、本件登録意匠の要部である構成<9><10><11>を備えているということができ、他の多くの一致点と相まって、本件登録意匠との相違点のもたらす印象の差異を凌駕し、意匠全体として本件登録意匠と共通の美感を起こさせるものであるから、ヘ号意匠一は、本件登録意匠に類似するものというべきである。
(二) ヘ号意匠二は、別紙ヘ号-二図面によれば、構成<16>が「把手は、格子状縦板の上下方向の中央部より下寄りに位置している。」というものである点で異なる外は、ヘ号意匠一の構成と同じであると認められる。
したがって、ヘ号意匠二は、前記6(二)説示と同様の理由により、本件登録意匠に類似するものというべきである。
10 以上のとおり、イ号意匠を除く被告意匠は、いずれも本件登録意匠に類似するものといわなければならない。
三 争点3(本件登録意匠の意匠登録には無効事由があり、原告の請求は権利濫用に当たるか)について
1 被告は、本件登録意匠は、前記第三の二【被告の主張】2(二)及び同三【被告の主張】1ないし3記載の事由によって出願前に既に公知となっていたから、その意匠登録には明白な無効事由があり、したがって原告の請求は権利の濫用に当たる旨主張するが、前記二1(三)説示のとおり、本件登録意匠の要部は、一体としての構成<9><10><11>、すなわち、ろ過部が断面ハ字形の羽根板とバッフル板から成るグリスフィルターにおいて、フィルター表板の格子状縦板に対する羽根板の屈曲角度は、フィルター裏板の格子状縦板に対するバッフル板の屈曲角度より大きく、羽根板の断面ハ字形は奥行きが深い形態であるのに対し、バッフル板の断面ハ字形は奥行きが浅く扁平な形態であり(構成<9>)、羽根板の先端部は断面円弧状に背面側へ屈曲し、屈曲先端は表裏方向とほぼ平行になっている(構成<10>)のに対し、バッフル板の先端部は、背面側へほぼ直角に折れ曲がっている(構成<11>)というように羽根板の断面形状とバッフル板の断面形状とが異なる(フィルターを表側から見た時と裏側から見た時とでろ過部の形状が異なる)点にあるところ、まず、右第三の二【被告の主張】2(二)及び同三【被告の主張】1(一)ないし(九)において公知意匠として挙げるものには、右のような本件登録意匠の要部である構成<9><10><11>を一体的に備えたものは存在せず、したがって、本件登録意匠と同一又は類似するものは存在しないから、いずれも本件登録意匠の意匠登録について無効事由となるものではない。
付言するに、乙第三号証(「厨房設備に付属する天蓋及び排気ダクトの検査基準」昭和五四年七月一二日制定予予第七七〇号東京消防庁予防部長依命通達。昭和五四年八月一日施行)には、グリスフィルターについて、その性能試験の具体的方法の外、ステンレス鋼板又はこれと同等以上の耐熱性及び耐食性を有する不燃材料を使用すること、容易に着脱できる構造とし、水、油等の滴下を防止し、かつ、それらを回収できるものとすること、水平面に対し45度以上の傾斜を有すること、火源との保有距離は一メートル以上であることなどの記載があるが、これらはいずれもグリスフィルターの材質、備えるべき機能、具体的取付状況に関するものであって、そのろ過部の具体的形状についての記載ではないし、添付の図面にもろ過部の断面の具体的形状は示されていない。
また、乙第八号証の1(日本金属株式会社販売にかかる「ファイヤーファイター」のパンフレット)、同号証の2(西川フィルター工業株式会社販売にかかる「バッフレッシュ」のパンフレット)、同号証の3(河村工業株式会社販売にかかるグリスフィルターのパンフレット)、同号証の4(株式会社フカガワ販売にかかる「ファイヤーグリスフィルター」のパンフレット)、同号証の5(ホーコス株式会社販売にかかる「F型グリースフィルター」のパンフレット)に印刷された厨房工業会発行のラベル中には、順に「86-002-0101」「80-002-1301」「81-002-0902」「87-002-1403」「88-002-1701」との認定番号が記載されているところ、証人東野利弘の証言によれば、右冒頭の二桁の数字は、順に一九八六年(昭和六一年)、一九八〇年(昭和五五年)、一九八一年(昭和五六年)、一九八七年(昭和六二年)、一九八八年(昭和六三年)を表すものと認められ、そして、証人増田二郎の証言によれば、油煙ろ過器のフィルターは厨房工業会の認定を受けない限り事実上販売することはできないことが認められるから、少なくとも、本件登録意匠の出願(昭和五六年一二月四日)前に、乙第八号証の1・4・5のパンフレツトが頒布されていたこと、あるいはこれらに掲載された各製品が販売されていたことはないものと認められる(これに反する被告の主張は採用することができない。)。そして、乙第八号証の2・3のパンフレットに掲載されているフィルターは、羽根板の断面形状とバッフル板の断面形状が同じである(表側から見た時と裏側から見た時のろ過部の形状が同じである。)と認められ、本件登録意匠の要部である構成<9><10><11>を備えていない(このことは、乙第八号証の1・4・5についても同様である。)。
2 次に、被告は、厨房工業会の認定を受けるために提出された設計図面及び試作品は、認定直後には何人でも閲覧できる状態におかれるので、認定直後の閲覧可能時期から公知となる(現に、原告は、乙第二号証の1の資料を入手し、試作品を借り出していた。)ところ、原告が本件登録意匠の出願日(昭和五六年一二月四日)に近い年月日に厨房工業会の認定を受けたのは同年六月二五日である(乙第一六号証)から、右認定を受けたグリスフィルターの意匠が本件登録意匠と同一であるとすれば、本件登録意匠は、右のとおり出願前に既に公知となっていたことになると主張する。
乙第一六号証によれば、原告はグリスフィルター「ダブルチェックK型」について、昭和五六年六月二五日に厨房工業会の調査により東京消防庁制定の基準に適合するとの認定を受けていることが認められ、証人増田二郎の証言によれば、右「ダブルチェックK型」は本件登録意匠の実施品である原告製品の商品名であることが認められる。
そして、原告は、前示のとおり、被告が厨房工業会に対して申請をして認定を受けたのみであって未だ製造、販売したことのないイ号物件について、平成五年三月二三日の本件訴え提起時にそのほぼ正確な図面を作成して訴状に添付しているところ、甲第四八、第四九号証によれば、平成四年一一月三〇日付で、本件原告訴訟代理人が、厨房工業会検査保安委員会に対して、原告と被告との間の意匠権等侵害紛争事件の資料として「グリスフィルター一式」を預かった旨の預り証を差し入れ、原告の課長代理が、厨房工業会に対して預り証を差し入れて、「被告製グリスフィルター」を借り出していることが認められるから、原告は被告が厨房工業会に提出したイ号物件の試作品を厨房工業会から借り出し、訴状添付図面を作成したものと推認することができる。
しかしながら、甲第二四号証の1・2によれば、本件原告訴訟代理人が平成五年五月二八日付で、大阪弁護士会を通じて厨房工業会に対し、弁護士法二三条の二第二項に基づき、被告が認定を申請した際に提出したグリスフィルターの形状及び構成の詳細を回答されたい旨照会したのに対して、厨房工業会は、依頼にかかる技術的関係資料や各種データ等は、関係企業の技術的事項など公平に保護する観点から、当該申請企業及び指導官庁以外には一切部外秘の取扱いをしているので依頼に応じられない旨回答していることが認められ、また、乙第二一号証によれば、本件被告訴訟代理人が、平成六年一〇月一八日付で、大阪弁護士会を通じて厨房工業会に対し、弁護士法二三条の二第二項に基づき、「1厨房工業会実施のグリスフィルター性能調査に関し、その申請のための添付資料としては、以前から<1>グリスフィルター、<2>その図面、<3>カタログの三種となっていたか。2少なくとも平成元年までは、厨房工業会が保存している「グリスフィルター性能調査書」(調査の結果を記載したもの)添付の図面、カタログあるいはグリスフィルター自体を、申請企業及び指導官庁以外に閲覧、貸出しを認めたことがあるか。第三者の閲覧等は可能であったか。3過去のグリスフィルターの性能調査認定記録はすべて厨房工業会で保存しているか。」という趣旨の照会を行ったことが認められるが、証人脊尾憲審の証言によれば、右照会に対して厨房工業会からは何の回答もないことが認められるところ、このことにつき、証人脊尾憲審は、厨房工業会に対して認定申請のために提出された資料一切は、従前は公開していたが、本件訴訟を契機に公開しないことにした旨、厨房工業会の庄司旻等から説明を受けた旨証言するが、甲第五〇号証(厨房工業会常務理事庄司旻から本件原告訴訟代理人宛の平成七年七月一九日付書面)には、庄司旻はそのような発言をしていない旨の記載があり、右証人脊尾憲審の証言は採用することができない。
以上要するに、被告が認定申請のために厨房工業会に提出したイ号物件を原告が借り出した事実は認められるものの、その経緯は明らかでないし、本件全証拠によるも、資料提出後、何時、いかなる手続で第三者の閲覧等が許されていたのか認めるに足りないから、結局、被告主張のように厨房工業会の認定を受けるために提出された設計図面及び試作品は、認定直後には何人でも閲覧できる状態におかれていたものと認めることはできない。したがって、このことを前提に、本件登録意匠は出願前に既に公知となっていたとする被告の主張は採用できない。
3 被告は、厨房工業会に対して認定の申請をした者は、認定を受けた後、直ちに認定ラベルを入手して商品の製造販売を行うのが一般的であるから(西川フィルター工業株式会社の場合〔乙第八号証の2、第一〇号証の1、第一五号証〕)、原告も認定を受けた昭和五六年六月二五日の直後に原告製品の製造販売を始めた旨主張し、原告は、原告製品(甲第二二号証添付のC型)の製造販売を開始したのは昭和五七年になってからのことであると主張する。
甲第四五号証の1(脊尾憲審作成の昭和五六年一一月二五日付「新規生産体制について」と題する文書)には、「当社メイン商品のDC、KSを始め、AFに至る生産を共栄から平井製作所に移行することになって居ります。」「このまま馬なりで捨て置くと、営業販売に支障が生じる心配がありますので、共栄と話し合いの結果、添付スケジュールを作成致しました。」との記載があり、甲第四五号証の2(同人作成の同日付「生産スケジュール共栄 (株)と平井製作所について」と題する文書)には、平井製作所の一二月五日の欄に「DCフィルター金型搬入」、一二月七日ないし一〇日の欄に「DCフィルター金型check」「DCフィルター本格生産開始/指導」、一二月二六日の欄に「第二回目DC材料投入」、一二月二九日の欄に「DC一部箱づめ出荷準備完了」との各記載、脚注として「1現在の旧DC、KSの仕掛残からみて、上記スケジュールを実行しないと、販売に支障が生じる事明白であり、各位打合せの上、かならず実行のこと」との記載があること、甲第二九号証(東野利弘作成の昭和五六年一二月一二日付業務日報)には、一二月一五日の欄に「高橋製作所 DCN金型写真撮影及トライ立会い DCNフィルター25・30型」、一二月一八日の欄に「平井鉄工所 DCNフィルタートライ及写真撮影用製品完成」との記載があることが認められ、これらの記載及び証人東野利弘の証言によれば、原告が原告製品の製造販売を開始したのは、予定のスケジュールより若干遅れて、昭和五六年一二月一八日より後のことであると認められる。
これに対して、証人脊尾憲審は、右甲第二九号証は量産態勢が整うまでのプロセスを記載したものであって、原告は、旧製品(B型)を販売すると同時に、量産態勢が整う前から試し打ちをした原告製品を手直しして販売していたのであり、その製造販売の開始は昭和五六年夏頃である旨証言する。しかし、甲第五二号証(昭和五七年三月五日、空気調和・衛生工学会発行の「空気調和・衛生工学」一九八二年三号)によれば、原告は同誌に「バッフル型グリースフィルターダブルチェック」の広告を掲載しているが、そこに印刷されている厨房工業会の認定ラベルの認定番号は「79-002-0202」であり、前記認定によれば、これは一九七九年(昭和五四年)認定製品であることを示すものと認められるところ、右脊尾憲審の証言に従えば新製品たる原告製品の製造販売を始めて半年ほど経過していることになるから、従前市場に出ていなかった新製品の浸透を図るために新製品のみの宣伝広告を行うのであればともかく、既に市場に浸透しており、しかも、その製造を打ち切る予定の旧製品のみを宣伝広告するとは考え難いし、ろ過の性能が重視されるフィルターについて、手直しをしているとしても試し打ち段階にすぎないものを販売するか疑問であること、甲第四四号証の1ないし3、第四六号証の1・2によれば、原告が原告製品の金型を製作した有限会社平井鉄工所との取引を開始したのは昭和五六年一一月のことであることに照らすと、証人脊尾憲審の右証言は採用することができない。被告は、厨房工業会に対して認定の申請をした者は、認定を受けた後、直ちに認定ラベルを入手して商品の製造販売を行うのが一般的であるとするのであるが、かかる事実を認めるに足りる証拠はなく、その引用する西川フィルター工業株式会社の例が一般的であるとか、原告の場合にも当てはまるとする根拠は存しない。
結局、本件登録意匠の出願前に原告製品の製造販売が開始されていたと認めるに足りる証拠はない。
4 以上のとおり、本件登録意匠の意匠登録には被告主張の無効事由が存するとは認められないから、右無効事由が存することを前提に原告の請求は権利の濫用に当たるとする被告の主張は前提を欠き、理由がないといわなければならない。
したがって、被告は、原告に対して、イ号物件を除く被告製品を製造、販売したことにより、本件意匠権の侵害を理由に損害賠償責任を負うというべきである。
なお、原告は、イ号意匠、ロ号意匠一につき、本件登録意匠の類似意匠として意匠登録出願をして登録査定を受けたところ(甲第二五、第二六号証)、被告は、かかる行為は違法であるから、違法な行為を利用した原告の請求は権利の濫用というべきであると主張するが、原告が右出願につき現実に意匠登録を受けたと認めるに足りる証拠はなく、右のような登録査定を受けたことのみをもって、直ちに原告の請求をもって権利の濫用と断ずることはできない。
四 争点6(被告が損害賠償責任を負う場合に、原告に対して賠償すべき損害の額)について
1 まず、被告が平成五年一月一日から平成八年四月三〇日までの間にロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二を二万九七二五枚販売して一億〇〇一三万〇七〇七円の売上げを得たことは当事者間に争いがなく、乙第二六号証の一ないし三(被告の平成五年五月一日から平成六年四月三〇日までの期間〔第一一期〕、平成六年五月一日から平成七年四月三〇日までの期間〔第一二期〕、平成七年五月一日から平成八年四月三〇日までの期間〔第一三期〕の各決算報告書)によれば、平成五年五月一日から平成八年四月三〇日までの期間における被告の全売上高(純売上高)の合計は二億七七五八万一九二一円であることが認められる(右のロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の売上げを集計した期間は、平成五年一月一日から同年四月三〇日までの分が右全売上高〔純売上高〕を集計した期間と一致しないが、弁論の全趣旨によれば、ロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の実際の販売期間は同年五月以降のことと認められるから、右全売上高を集計した期間と一致することになる。)。
2 しかして、意匠法三九条一項により意匠権者が受けた損害の額と推定される、侵害者が侵害の行為により受けた利益の額について、原告は、まず粗利益によるべきである旨主張し、純利益説に立ったとしても、侵害者が要した経費のすべてを粗利益から単純に控除するのではなく、被侵害者において当該侵害品を製造、販売したとするならば追加出損せざるをえない経費に限って控除すべきであり、本件の場合、粗利益の額から控除すべき経費は、せいぜい運送料及び保管料(保管のための倉庫料)のみである旨主張するのに対し、被告は、純利益を指し、純利益とは売上額から売上原価を差し引いた粗利益から、更に販売費、一般管理費、営業外損益、特別損益を差し引いたもので、企業の決算報告書中の損益計算書に「当期利益」として具体化されていると主張する。
意匠法三九条一項は、意匠権者が侵害行為により受けた損害の額を直接立証することが容易でないことから、意匠権者の保護のために、侵害者が侵害行為により受けた利益の額をもって意匠権者の受けた損害の額と推定する規定であり、具体的な金額の認定はともかく、侵害者が侵害品の製造販売により利益を得るためには販売費及び一般管理費の支出も避けられないのであるから、特段の事情のない限り、同条同項により意匠権者の受けた損害の額と推定される、侵害者が侵害行為により受けた利益の額とは、いわゆる粗利益から右のような販売費及び一般管理費をも控除したいわゆる純利益をいうと解するのが相当である(但し、このように解することと、販売費及び一般管理費の額の主張立証責任の所在をどのように解するかとは、別問題である。)。原告は、純利益説に立ったとしても、被侵害者において当該侵害品を製造、販売したとするならば追加出捐せざるをえない経費に限って控除すべきであると主張するのであるが、被侵害者(意匠権者)において当該侵害品を製造、販売したとするならば追加出捐せざるをえない経費を控除するというのは、侵害品たる被告製品が製造、販売されていなかったとすればその分だけ代わりに原告製品が購入(販売)されていたであろうとの事実を前提とするものであるところ、かかる事実を認めるに足りる証拠はないから、右主張は前提を欠くものである。一方、被告は、粗利益から右の販売費及び一般管理費の外に、更に営業外損益、特別損益をも控除すべきである旨主張するのであるが、営業外損益というのは受取利息あるいは支払利息であり、特別損益というのは保有株式の売買に基づく損益等であって、およそ侵害品を製造、販売するについて要した費用とはいえないから、粗利益から控除すべきものではない。
したがって、原告及び被告の各主張は、前記説示に反する限度でいずれも採用することができない。
3 そこで、被告がロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の製造販売により得た純利益(粗利益から販売費及び一般管理費を控除したもの)の額について検討するに、金型製作費は、右被告製品の製造に要した費用であることは明らかであり、前記第二の二末尾記載のとおり、平成九年二月二一日の第二五回口頭弁論期日において、被告は被告製品の製造に用いた金型を直ちに廃棄する旨の和解が成立しているから、本来粗利益算出の際に控除されるべき製造原価に含まれるべきものであり(これに反する原告の主張は、採用することができない。)、その額は弁論の全趣旨によれば相当多額に上ることが窺われるものの、乙第二五号証の1・2(光和工業株式会社作成の請求書)及び甲第六三号証(被告の総勘定元帳)、その他本件全証拠を検討してもロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二そのものの製造に用いた金型の製作に要した費用の額を認めるに足りる的確な証拠がない(しかも、その金型製作費が会計処理上どのように処理されたか不明である。)ので、本件においては、右甲第六三号証を基礎として製造原価並びに販売費及び一般管理費を積算して純利益を算出するのは相当でない。そして、乙第二六号証の1ないし3によれば、平成五年五月一日から平成八年四月三〇日までの間における被告の純売上高から売上原価並びに販売費及び一般管理費を差し引いた営業利益の合計は、一〇八七万七七七九円であることが認められる。したがって、被告がロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二を製造、販売したことによって得た純利益は、この営業利益一〇八七万七七七九円を前記純売上高二億七七五八万一九二一円にロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の売上額一億〇〇一三万〇七〇七円が占める割合で按分した三九二万三八八五円ということになる。
4 そうすると、右三九二万三八八五円は、意匠法三九条一項により、原告が被告の本件意匠権侵害行為により受けた損害の額と推定され、右推定を覆すに足りる証拠はない。
したがって、被告は原告に対し、本件意匠権の侵害に基づく損害賠償として、右三九二万三八八五円及びこれに対する不法行為の後の日である平成八年五月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うといわなければならない。
5 なお、記録によれば、原告は、訴え提起の当初(平成五年三月二三日)、イ号物件の製造譲渡等の差止め・廃棄の請求のみをしており、その後、差止めの対象物件を追加するとともに、平成六年一二月一日に損害賠償請求(二四二〇万円)を追加し、平成八年七月八日に右損害賠償請求を四四七三万四六〇一円に拡張したものであるところ、被告は、右拡張後の請求の一部は三年以上前の分であるから、当該部分に対する損害賠償請求は主張自体失当である旨主張し(平成八年八月三〇日付準備書面)、損害賠償請求権の一部につき民法七二四条による消滅時効を援用するかのようであるが、右被告のいう「三年以上前の分」のロ号物件一ないし三、ハ号物件ないしヘ号物件各一・二の製造販売の事実を原告が知った時について主張立証がないから、右被告の主張は理由がない。
第五 結論
以上によれば、被告に対し本件意匠権の侵害に基づく損害賠償を求める原告の請求(主位的請求)は、前記三九二万三八八五円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないことになる。そして、仮に不正競争防止法二条一項一号・四条・五条一項に基づく請求(予備的請求)及び民法七〇九条に基づく請求(第二次予備的請求)が理由があるとしても、その認容額が右認容額を上回るものとは認められないから、右各請求に関する争点4及び5については判断を要しないというべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官 小出啓子)
意匠公報<1>
日本国特許庁
昭和60年(1985)12月23日発行 意匠公報(S)
D4-59
668793 意願 昭56-53875 出願 昭56(1981)12月4日
登録 昭60(1985)9月27日
創作者 倉橋滋 大阪市住之江区西住之江3丁目6番25号 倉橋商事株式会社内
意匠権者 倉橋商事株式会社 大阪市住之江区西住之江3丁目6番25号
代理人 弁理士 石田長七
審査官 平野聖
意匠に係る物品 油煙ろ過器のフィルター
説明 本物品は、室内の天井に設けて調理時等に発生する油煙や蒸気をろ過して室外に気体を排出し、排風機やモータ、排気ダクトが油やカーボン等により汚染されるのを防止する油煙ろ過器に使用するものである。左側面図は右側面図と、底面図は平面図と対称にあらわれる。
<省略>
意匠公報<2>
日本国特許庁
昭和61年(1986)12月19日発行 意匠公報(S)
D4-59類似
668793の類似1 意願 昭56-53876 出願 昭56(1981)12月4日
登録 昭61(1986)8月28日
創作者 倉橋滋 大阪市住之江区西住之江3丁目6番25号 倉橋商事株式会社内
意匠権者 倉橋商事株式会社 大阪市住之江区西住之江3丁目6番25号
代理人 弁理士 石田長七
審査官 関口剛
意匠に係る物品 油煙ろ過器のフィルター
説明 本物品は、室内の天井に設けて調理時等に発生する油煙や蒸気をろ過して室外に気体を排出し、排風機やモータ、排気タクトが油やカーボン等により汚染されるのを防止するものである。左側面図は右側面図と、底面図は平面図と対称にあらわれる。
<省略>
類似意匠登録願A添付図面
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A-A 拡大断面図
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類似意匠登録願B添付図面
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A-A 拡大断面図
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イ号
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イ号 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ロ号-一
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ロ号-一 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ロ号-二
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ロ号-二 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ロ号-三
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ロ号-三 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ハ号-一
<省略>
ハ号-一 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ハ号-二
<省略>
ハ号-二 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ニ号-一
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ニ号-一 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ニ号-二
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ニ号-二 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ホ号-一
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ホ号-一 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ホ号-二
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ホ号-二 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ヘ号-一
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ヘ号-一 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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ヘ号-二
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ヘ号-二 断面図
以下のいづれかの断面図を有するもの
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羽根板断面図
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意匠公報
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意匠公報
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